「永遠の命と思って夢を持ち、今日限りの命と思って生きるんだ。」

「創価学会池田カルト一派との裁判シリーズ その9」でご紹介した創価学会池田カルト一派の代理人である弁護士からの準備書面は、平成23年5月2日午後3時13分に生田法律事務所に届きました。
 
すると、私の代理人である生田暉雄先生は、その翌日に下記の準備書面を作成され、東京地方裁判所と相手方の代理人の事務所に送付されました。
 
生田先生のお仕事の速さにびっくりしました。さらに、その内容の素晴らしさに感服致しました。
 
このブログの冒頭に掲載してある全日本法教育研究会創設準備委員会主催のシンポジウムの席で、私は、生田先生のことを天才であるとご紹介させて頂きました。今回、生田先生が執筆された準備書面をご覧になれば、皆様方もそのように感じられるのではないかと存じます。
 
自分のことで大変恐縮ですが、生田先生の準備書面を拝読して、この裁判は前代未聞の裁判となるのではないかと感じております。
 
私を激励して下さるkan様は、「裁判の文言は庶民には不慣れですし、絶対コメントしようと思う方々も多いと思いますが、コメントの適切箇所を選択するのが困難な感じがあると思います。」とのコメントを寄せられました。
 
確かに、裁判に関する記述内容は難しいものだと感じます。しかし、今回の準備書面中の「原告による被告原田らにする求釈明」には、是非とも、多くの方々にコメントを投稿して頂きたい箇所が沢山あります。
 
例えば、「(求釈明1)創価学会による、学会員の反創価学会活動に対し、その生命を侵害し、社会的地位を抹殺した事例及び件数ならびに年月日、を明らかにされたい。」、「(求釈明2)創価学会会員による反創価学会活動の事例及び件数を明らかにされたい。会員による反創価学会活動に対し、創価学会はどのような対処をしているのか明らかにされたい。」、「(求釈明5)創価学会において本件日記を入手するに当たって、プライバシーの侵害にあるという点の検討をしたのか、しなかったのか明らかにされたい。創価学会において本件日記を入手した経路を明らかにされたい。創価学会において本件日記を入手してから原告を査問するまで、どのようなことを検討したか、その検討項目、検討内容、検討者の氏名、創価学会における地位、検討場所を明らかにされたい。」、「(求釈明7)創価学会において、なぜ、原告と原告の妻との婚姻が不都合となるのか、その理由は何か、明らかにされたい。原告と原告の妻が離婚した後、創価学会において原告に対して何をしようと考えているのか、明らかにされたい。」などに関する事柄につきましては、特に、コメントをお寄せ頂ければありがたい限りです。
 
それから、このブログの存在を一人でも多くの方々にお知らせ頂ければ幸いです。特に、自由報道協会(http://fpaj.jp/)と日本外国特派員協会(http://www.fccj.or.jp/node/6259)所属のジャーナリストの方々に連絡願えればと存じます。
 
ご協力の程、くれぐれもよろしくお願い申し上げます。
 
 
 
 
平成23年(ワ)第413号 損害賠償請求事件
 
準備書面(1)
 
原 告     髙  倉  良  一
被 告    原 田    稔
外3名
 
平成23年5月3日
 
原告訴訟代理人
弁 護 士   生  田  暉  雄
 
 
東 京 地 方 裁判 所  御 中
 
被告原田ら準備書面(1)による求釈明に対する釈明 及び 原告からの求釈明
 
               記
 
第1、被告原田らの求釈明に対する釈明
 
査問による脅迫、強要について
 
1、(1)日記について
 
(求釈明)
 女性幹部等、学会幹部、九州の幹部、四国の幹部について
 
(釈明)
いずれも創価学会のそれぞれの役職、幹部であり、被告が十分知悉している。
具体的な名前は、原告の方が知りたい。
 
2、平成20年2月14日のやりとりについて
 
(求釈明)
和田公雄の査問について、誰が、どこでどのような査問をしたか。
 
(釈明)
和田の査問は創価学会が行った。このこと自体は事実である。
具体的事情は、被告らの方がよく知っており、原告としては逆に明らかにされたいと思っている。
 
(求釈明)
大勢の学会幹部とは誰か。
 
(釈明)
 同上。
 
(求釈明)
 原告を殺すと言っていると漏らした創価学会の幹部とは誰か。
 
(釈明)
 同上。
 
(求釈明)
和田に対する査問がどうして原告に対する不法行為となるのか。
 
(釈明)
和田に対する査問の事実がないのであれば、求釈明自体、成り立たない。
和田に対する査問の事実があったことは事実であるので、釈明する。
和田を反創価学会活動の黒幕の疑いで査問し、和田をして原告に働きかけさせ、原告に創価学会の査問に応じるようにする、原告に対する査問の予備行為である。
なお、査問に畏怖した和田から、原告に対し、査問期日に待ち合わせ場所を連絡させ、そこに来た原告を創価学会において拉致して、原告を闇に葬る計画があった(甲第8号証9、10頁)。原告と和田だけではなく、創価学会が待ち合わせ場所を知っていたことが、拉致の計画を物語るものである。
 
3、平成20年2月24日のやりとりについて
 
(求釈明)
具体的にいかなる脅迫行為がなされ、いかなる行為を強要されたか。
 
(釈明)
原告作成の日記という原告にとってプライバシーの根源ともいうべきものを、被告田村が違法に原告の妻から直接、間接に取り上げ、それに基づいて被告らが原告を3時間にわたって査問すること自体、違法な不法行為である。
そして、日記に関連して、和田を黒幕として査問したこと、原告を殺すと言う創価学会員がいるということを告げることは、違法な脅迫である(甲第7号証)。
世間的には反創価学会員の会員が抹殺されている噂があり、原告を殺すという創価学会員がいるということを告知すること自体、殺人の予告に等しい行為である。
なお、査問の際、創価学会幹部に対する謝罪を強要された(甲第7号証9頁)。
原告が和田の指示通り待ち合わせ場所に行っていれば、待ち合わせ場所には多数の学会員が居たので、創価学会により拉致された闇に葬られていた可能性が大である(甲第8号証9、10頁)。
被告らは、重大な不法行為を目論んでいた可能性がある。
 
4、(4)創価学会による離婚訴訟について
 
(求釈明)
創価学会による離婚訴訟について、誰が、いつ、どのような画策をしたのか。
 
(釈明)
原告からの被告に対する求釈明で明らかにする。
 
(求釈明)
原告と妻とを離婚させようとしたことに対する被告らの個人責任の法的根拠について。
 
(釈明)
憲法24条、民法770条、民法709条、民法710条、民法719条。
離婚は、当事者の自由意思及び裁判に基づかなければならない。
宗教団体が団体員の離婚を、団体員の意思を無視して遂行することは不法行為(709条、719条)である。
なお、原告からの求釈明でより具体的に明らかにする。
 
第2、原告による被告原田らにする求釈明
 
1、(求釈明1)
創価学会による、学会員の反創価学会活動に対し、その生命を侵害し、社会的地位を抹殺した事例及び件数ならびに年月日、を明らかにされたい。
 
(求釈明の理由)
原告は長年に亘り熱心に学会活動をし、創価学会に多額の寄付をしている熱心な学会員であり、現在も学会員である。
原告は創価学会の一員として、法華経に基盤を置く宗教団体である創価学会が、学会員の中に反創価学会活動をしたからといって、その生命を侵害し、社会的地位を抹殺するという事実が存することは断じて信じ難い。
しかし、世間的には、学会員の反創価学会活動に対して、生命を侵害されたり、社会的地位を抹殺された噂が絶えない。
原告は本件査問を受けて、査問の内容以上に恐怖を感じたのは、これら世間で流布している噂である。
まして、学会員の中に原告を殺すという者が居るということを、査問の席上で告知されれば、この噂と重なって、死刑の宣告あるいは殺人の予告を受けたと同様に受け取るのが通常人の心理である。
そこで、原告が恐怖心を抱く合理的な根拠があるのか無いのか明らかにするためにも、創価学会による会員の反創価学会活動に対し、その生命侵害、社会的地位の抹殺例、その事案の内容、発生年月日、件数を明らかにされたい
 
2、(求釈明2)
創価学会会員による反創価学会活動の事例及び件数を明らかにされたい。
会員による反創価学会活動に対し、創価学会はどのような対処をしているのか明らかにされたい。
会員による反創価学会活動に対し、本件と同様に査問をしているのか明らかにされたい。
本件以外に査問の例がないとすると、なぜ本件は査問されたのか、その理由を明らかにされたい
 
3、(求釈明3)
創価学会において、何をもって会員の反創価学会活動と認定するのか、その基準及び認定者を明らかにされたい。
創価学会において、査問に付する基準及び認定者を明らかにされたい。
原告を査問した主たる理由を明らかにされたい
 
4、(求釈明4)
原告を殺すといっている創価学会員名を明らかにされたい。
なぜ、原告の査問の席上、原告を殺すと言っている会員が居るという殺人予告ともとれる事実を告げたのか、明らかにされたい。
原告を殺すと言っている学会員は、殺人の前歴があるのか明らかにされたい。
原告を殺すと言っている学会員は創価学会内部で殺人を担当している会員であるのか、明らかにされたい。
 
5、(求釈明5)
創価学会において本件日記を入手するに当たって、プライバシーの侵害にあるという点の検討をしたのか、しなかったのか明らかにされたい。
創価学会において本件日記を入手した経路を明らかにされたい。
創価学会において本件日記を入手してから原告を査問するまで、どのようなことを検討したか、その検討項目、検討内容、検討者の氏名、創価学会における地位、検討場所を明らかにされたい。
 
6、(求釈明6)
創価学会において、原告の査問に先立ってなぜ和田公雄を査問したか。その理由及び場所、査問した人数を明らかにされたい。
創価学会において、和田と原告の待ち合わせ場所をどうして知っていたのか、創価学会が和田に命じて待ち合わせをさせたのか、明らかにされたい。
待ち合わせ場所になぜ多数の創価学会員が居たのか明らかにされたい。
待ち合わせ場所に原告が行くと、創価学会において原告を拉致する計画があったのか明らかにされたい。
原告を拉致した後、創価学会において、原告をどうしようと計画していたのか明らかにされたい。
 
7、(求釈明7)
創価学会において、なぜ、原告と原告の妻との婚姻が不都合となるのか、その理由は何か、明らかにされたい。
原告と原告の妻が離婚した後、創価学会において原告に対して何をしようと考えているのか、明らかにされたい。
 
8、(求釈明8)
原告の妻による原告に対する離婚調停、離婚訴訟において、創価学会主導である疑いを回避するためには、創価学会会員の弁護士がつかないことが望ましいことは当然の事理であるが、福岡において創価学会新聞にも載っている著名な創価学会会員弁護士がついているのは何故か、明らかにされたい。
創価学会が主導しなければ、原告の妻は、離婚調停、離婚訴訟に踏み切らなかったのではないか、明らかにされたい。
 
9、(求釈明9)
原告の妻と原告との離婚調停、離婚訴訟について、創価学会で、立案、計画した人員、地位、名前を明らかにされたい。
以上

banner_21.gif←ブログランキングに参加しています。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
» はじめまして、 希望さん
希望さん、はじめまして。桃太郎といいます。
ブログを知ったのは、わずか1月ばかり前のことです。
 私は、2年前に「黒い手帳」、昨年「私が愛した池田大作」の本を読みました。外部の者ですから創価学会のことはそれまではよく知りませんでした。それから以降、過去にさかのぼって沢山の関連した書籍を読んでみました。
 一般外部には見えない部分がはっきりと見えてきて、大変びっくりしました。創価学会の言っていることと、実際に行われていることとが、余りにも違い過ぎるのですから・・・・。     

 これでも、宗教団体なのか、なんでこんなことが起きて来ているのか?学会組織の方針に会員さんはみんな納得できているのだろうか等など、疑問に思えることがいっぱい湧いてきました。  

 私は、仏教徒ではなく、仏教のことはよく分かりません。宗教宗派に執着がありません。仏教徒でもなく、増してどの宗派が一番良い、これしかないというような独善主義・教条主義の考え方を受け入れることができません。しかし、書籍で知るうちに、法華教系の宗派はそれぞれに自分ところが一番だ絶対だと主張していて、なんと争いごとが多いことだろうかと、不思議に思いました。

 裁判ざたの多いのにもびっくりしました。宗教団体では、他の宗派でもこんなに裁判が多いのでしょうか? 不思議です。仏教の理念は、他に対し寛容であれ、とか、中庸で偏りをなくしなさいとかの教えがあるようなのですが・・・・。

 貴殿の裁判について、黒い手帳事件とそっくりな事件で、これまたびっくりです。
 民主主義の社会において、自分が属する組織についての考えが自由に表明できないとしたら、その組織とは一体なんなのでしょうか?      まして宗教団体であればなおさらのことです。表明内容の是非はともかくも、表現の自由、信仰の自由、思想の自由は憲法に保障されている最も基本的人権として重大なものです。

 福島原発事件について、阪神淡路大震災の後、学者の中には数名の方が、「福島原発の危険性」を論文で発表していたということですが、色々なところからの圧力や学会内から排除され無視されるということがあったらしく、今回の危険を回避できず大惨事になってしまいました。

 批判の自由・表現・発言の自由がない社会は、恐ろしいことか゜起こるのです。そして、研究の自由とはさらに表現の自由までを含めてのことであるのは自明のことです。

 自分のやっていることを「善・正義」と思い込み、他のだれかやっていることを「悪」と決めつけることこそ、人間として最も犯してはならないことではないでしょうか。自分のこと・自分が所属する組織のことを相対化すること、このことこそ先ず最初に重要視すべきと思いますか゜・・・。

 『ブッダは歩む、ブッダは語る』(友岡雅弥)  に曰く、
 「智慧とは、あくまで多様化へと開かれ、単純  化という暴力に抗する力なのです」
  
 このたび、この言葉を噛み締めたいものです。
桃太郎 2011/05/09(Mon)18:56:31 編集
» 桃太郎さんに共感いたします!
桃太郎さんのコメント
激しく同意いたします!!

「黒い手帳」「私が愛した池田大作」は私も読みました。
他にも客観視できてる書籍は幾つか読みました。

その内容は知らなかった赤裸々な事実が載っていました。
が・・あまり驚きはありませんでした。
あ~ぁ・・やっぱりそうだろうなぁ。。
そんな感覚で読んでいました。

長く創価組織にいたので、様々な矛盾や異常な全体主義や法外な金銭要求は目の当たりにしてきましたので、そう感じたのだと思います。


>表現の自由、信仰の自由、思想の自由は憲法に保障されている最も基本的人権として重大なものです。

仰るとうりです。
しかし、その思想の自由を奪うのが創価学会です。
異なる意見は絶対に受け入れません。
創価の意見しか認めないのです。
人間ですから、意見は様々です。

しかし、創価に従わない異なる意見は「魔」にやられた姿だ!、今に現象が出る!と批判と叱責を繰り返すだけなのです。


>自分のやっていることを「善・正義」と思い込み、他のだれかやっていることを「悪」と決めつけることこそ、人間として最も犯してはならないことではないでしょうか。

それも、まさに仰るとうりです。
それが社会的な、当たり前の常識です。
人としての常識です。

それが創価学会には全くないのです。
だから、普通の感覚の方々や常識ある方々は、それが学会員さんでも徐々に距離を置いてる実態です。

桃太郎さんのコメント
実に的を得ていて、素晴らしい!と思います。
桃太郎さんのような方が増えて戴きたいなぁと、つくづく思いました。

なんか、ブログへのコメントじゃなくてスミマセン^^;。

でも、髙倉様
応援しています!!
kan 2011/05/10(Tue)00:25:17 編集
» 希望様
この書面から、希望様がどのようなことに恐怖を感じられているのかがよく伝わり、こちらも追体験している気持ちになりました。

個人の日記から、このように大勢が右往左往する事態になるとは、この団体は、人の心に無作法に踏み込むことを恐れない人々の集合体なのか、と思わざるを得ません。

しかし、希望様の身の安全は、今やこの掲示板を読む私たちも見守るところです。
良い成果が得られることを、お祈りしております。
いのり 2011/05/10(Tue)13:00:39 編集
» 無題
髙倉様、多くの読者様、はじめまして。
よろしくお願いします。

ブログを読ませていただきました。裁判を起こされているということですので、注視していきたいと考えております。
このコメント、長文になりますことをお許しください。また、あまりにも長文のため非常識とのご批判があるかもしれませんが、あえて投稿した気持ちもおくみ取りいただきたいと念願するものです。

GWには、宮城にボランティアに行って参りました。地震以来、報道される悲惨な被害に自分にできることは何なのか? とずっと考えてきました。多くの国民が共有する感情ではないかと思います。3日間でしたが、個人宅の瓦礫撤去のお手伝いをやらせていただきました。これからも機会があったら参加したいと考えております。

わたしは、一般の方が言うところの創価女子部のバリ活です。4年前に創価大学を卒業し、今は民間企業で仕事をしています。学会では末端の一部長として最前線に立っています。

わたしで3世代目ですが、祖父母、両親と真面目に信仰を貫いてきました。祖父母が入会した直接の動機は祖母の病気ですが、その後の人生においても、名も無き庶民として精一杯の社会貢献をしてまいりました。

わたしはまだ何事においても経験浅い者ですが、多くの信仰者の生き様とまわりに対する無償の献身を目の当たりにして色々なことを学び、信仰無き人生は考えられないとの確信を持っております。

創価は今まで確かに、熱心なあまり反社会的な言動があったことは否定しません。そのことによって軋轢が起き、理解の輪が反って狭まったケースもあったと思います。だからと言って信仰そのものが否定されるべきものではありません。
ご存じかもしれませんが、涅槃経には「依法不依人」(法に依って人に依らざれ)と説かれ、日蓮大聖人も、人の振る舞いが大切なことを繰り返し述べております。法がいくら正しくても、間違うのはその法を実践する人間であり、目的がいくら正しくても、間違った手段を選択するのも人間だということです。
どこまでも法を規準とする戒めを、釈尊や日蓮は厳格に説いたと理解しております。

あなたを苦しめ、裁判に判断を任すようなことがあったとしたら、非常に残念に思います。またブログ記事にあるような非常識な言動が幹部にあったとしたら大変悲しく思いますが、わたしのような一般会員の意識からすれば、とてもほど遠いものです。わたしが出会ってきた会員は、ほとんど全員、良識のある方ばかりだからです。また辛い人生途上にありながら、努力を惜しまない正直な人ばかりだからです。


記事のなかで、法教育の定義について書かれておられますが、法教育は司法改革のなかで最も重要なテーマでしょう。社会ルールとしての法律の理解と民主的合理的な考えは、人間関係を円滑にしアクティブにしていくものと考えます。

わたしがいつも不思議に感じるのは、創価に批判的なコメントを読むと、確実な検証もなしに一律に学会は悪と決め付けていることです。それは感情的ですらあります。
貴ブログでは「創価学会池田カルト一派」と、断定的に創価学会全体をカルトと書かれております。無理解と反対のなかを人生を懸けて純真に信仰を貫いてきた祖父母や両親のような一般会員も含めて、創価全体をカルトと言うのは、どのような理由からなのでしょうか?

あなたが傷つけられたように、そういう言葉に一般会員は傷つけられていることを、どうかご理解していただきたいと考えます。

組織は大きくなればなるほど制御がきかなくなります。統制がとれなくなります。また方向転換も困難になってきます。変革を望んでも漸進的に進むものと考えます。宗教組織のなかに、野心や企み、正義の名のもとに組織に不都合なことを隠蔽するようなことがあってはなりません。また寛容と正反対の排他的な思想は巡り巡って自らの首を絞めることになるでしょう。

裁判の成り行きを注目していきたいと思いますが、今までの多くのトラブルは、一部の心無い会員によるものであることをご理解していただきたいと思います。


欧米において、特に民主主義の先進国であるヨーロッパで、創価がセクトの一つと認識されていることは知っています。キリスト教社会では仏教そのものが、文化として、また宗教として日常生活のなかで定着しておらず、異端の宗教との認識があるせいだと思います。
歴史上、キリスト教自体が多くの迫害と無理解を受けながら流布してきました。さらには、過去にヨーロッパ諸国が、国家的政策によってアジアやアフリカなどの異文化のなかで、強引に布教、占領政策の一翼を担ってきたことは歴史的事実です。それらは自国の利益のために隷属させる意図があり、植民地にされた国民からすれば、キリスト教は暴力的セクトそのものだったでしょう。
「心を正しい位置に置いた人」(小林秀雄)である内村鑑三が「代表的日本人」のなかで、日蓮を取り上げたのは、日蓮が残した精神的遺産が、日本人を形作る精神の重要なエレメントであると考えたからと思うのです。 現在、日蓮を正当に理解しその教義を実行している教団は、創価学会よりないとわたしは考えております。

学会組織と言えど、時代に即応した、人間のための組織として、絶えず変革していかなければならないことは、池田先生がいつもご指導されていることです。
間違いは正していかなければなりません。学会が全くの無謬というのも、信仰者が陥りやすい錯覚でしょう。

肯定的な人間関係を築くために組織に主体的に関わり、また組織に埋没しない個人であるために、真実を知ることは大変に重要なことです。
良識ある一市民として、平和実現への強い意思を持続することも、自由であることの真の意味も、真実を認識することが基本になるでしょう。
どのような行動も自由が保障されており、どのような表現も自由ですが、十分に善悪をわきまえた善良な会員が多くいることを知っていただきたいと考えます。



今まで学会は社会のあらゆる分野でそれなりの役割を果たしてきました。特に最も支援を必要とする社会の最下層と貧困層に希望と生きがいを与えてきました。反対に強引な布教で批判を浴び、自らを正当化するために、批判の批判を展開してきたことも否定しません。創立80周年を迎えましたが、創価はまだ十分に成熟していないのだと考えます。

日々の活動のなかで疑問に思うこともないではありませんが、それらのことはほぼ幹部の人格が反映されているものと考えます。もっと度量があるリーダーであっていただきたいと思いますが、こういうことは面と向って言いづらいところがあります。また目標を決め、企画し行動し、結果を求めるというスタンスも特に変わったものではありません。しかし質的にも量的にも完璧な結果を求め、勝つことへのこだわりが強過ぎるのには時々辟易することがあります。まるでビジネスパーソンとしてのマネージメントに酷似しております。学会のレスポンスの早さと行動の緻密さは伝統的なものですが、わたしが言いたいのは、正しいとか間違っているとかではなく、どのような行動にも、どのようなシーンでも、信仰者として血の通った人間らしい励ましと暖かさが必要だということです。

また財務に関しても、わたし個人のことを言えば、一度も強請されたことはありません。信仰が個人の自由意思を基本にしている以上、活動も財務も自由なのです。もしもそのようなことを強請する組織であれば、信仰とはいえません。わたしは部員さんに供養の意義は訴えますが、財務をするしないは個人個人が判断することだと考えています。こういうことは、あまりにも当然の分かりきったことではありませんか。金品の多少によって、あるいは財務の金額の多少によって、信仰の度合を測るなどということは、理想の信仰組織から最も遠い軽蔑すべき行為です。尊重されるべきものは真心であって金額の大きさではありません。
また離婚問題についても、相談にのることはあっても、最終的に判断し責任を負うのは当事者です。愛情問題や家庭内問題はプライベートの範疇です。そこに組織として入り込む余地など全くありません。もしも、幹部等の立場を利用し、強引に問題に立ち入り、当事者でない人間が離婚させようと意図するのは、甚しい誤りというものです。幹部であってもそのような資格も権限もありません。

常識豊かな言動が大切であることを繰り返し指導されているのは、池田先生に他なりません。でもわたしがこういう言い方をするのは、盲信的に先生を崇拝しているからではありません。師の心は分かっているからといっても、師のすべてを分かっているとは言えません。池田思想はあまりにも多岐にわたり、知性と理性をフル動員しなければ難しいと考えています。



皆様のコメントを読ませていただきました。小さな川の汚れが海洋全体を汚しているかのような投稿に感じられました。一部の心無い会員のせいで創価全体を否定される根拠とされるのは、一般会員からすれば迷惑な話です。改めて言うまでもないことですが、信教の自由は憲法で保障され、基本的人権の一つなのですから、宗教法人法に問題があるのであれば、幅広く社会的な関心を促す問題提起をすればよいと考えます。何事も完璧なものはないのですから、一人一人が考えていかなけばならない問題だと思います。そして裁判結果によっては、たとえ副会長というような役職にあっても、厳格に対処すべきです。組織ぐるみの犯罪など言語道断です。組織に必要なのは、会員に対する偽りのない真実の説明と信仰への限りない純粋さを維持するための祈りと厳しさと優しさだけです。


現在、組織に問題があるのかどうか、一般会員には分かりません。末端では嬉々として信仰に励んでいるのであり、信仰が生活の規範としての役割を果たしています。
もしも問題があるとしたら、将来的に誰にでも分かる形で顕在化してくるでしょう。そしてそれらの問題に無知であってはならないし、十分な関心を寄せて試行錯誤していかなければならないものと思います。しかしこういったことは組織運営上のことであり、信仰そのものは何ら変わるものではないと思います。

一般会員の真意をおくみとりいただき、組織改革の意欲を失っていない会員もいることを知っていただきたいと思います。

長文、失礼いたしました。



アンナ 2011/05/10(Tue)21:57:55 編集
» 無題
アンナさんへのレス
語ろうかな・・と思いましたが、辞めました。

髙倉様もそうですが、私も様々な実体験を通じて、さらに呆れる客観的真実を知り・・・今に至っています。

赤裸々な実害を被った体験や、矛盾に満ちた事実ほど説明に勝るものはありません。
しかし、それを語るならいくらコメント欄があっても足りません。
三日三晩語り続けても足りません。

実害を誰が責任とってくれるのですか?
奪われたままなのでしょうか?

創価が行った客観的な真実は、もはや表面化しています。
社会的にも認知されています。

語っておられる内容と全国の会員さんが体験してる現実が、あまりに違いすぎています。
購買と寄付・・・これはいくら言葉を柔らかく表現しても「半強制」です。
実態は「強制」です。

私は数十年間、その実態の中にいました。
活動家の身内が創価に夢中になり家計費を入れみ、サラ金に数百万の借金を作り、私が気がついて「このままでは家が潰れる!」そう思い、やっとの思いで数年間かけて返済しました。

子供たちの教育費は全て吹っ飛びました。
しかし、その身内は私が苦労して返済の段取りをしてる時、私に内緒で創価墓苑を申し込みました。

幹部が夫婦で売り込みに来ました。
公明党の議員が売り込みに来ました。
創価は会員を食い物にするだけだ!
心からそう思いました。

もちろん私は断りました。
買えば、子供の授業料が払えなくなります。
借金の返済もあるのです。
しかも、ちゃんと地域に我が家のお墓はあるのです。
それを知ってて、創価学会の幹部は売り込みに来るのです。
公明党の議員が売り込みに来るのです。

これが普通の姿ですか?
これが宗教団体ですか?

異常にお金のかかる創価学会に夢中になり、経済を潰した本人は、またこんな状況でバカ高い遠隔地の墓苑を申し込む。
もちろん私が断りました。
「これが池田創価に洗脳された姿だ!」
「あまりに危ない!」
創価学会に寒気がしました。
池田大作に寒気がしました。

そういう実態を知っていて、創価学会はその身内を幹部にしています。
それだけ常軌を逸した行動をするくらい洗脳されてる人なので、利用しやすい。
それだけです。

どうせ尻拭いは、お人よしの私(kan)がする。
利用するだけだ!
そんな狡猾なカルトの囁きが聞えてきます。

しかし、身内は創価が生き甲斐です。
それを奪うのは、「死」に等しい。
なので、それを一刀両断するわけにもいかない。。。
そういう私の心情もあります。
それも創価は利用しています。

身内が幹部なのでお金が大変です。
電話代や各通信費
読みもしない多くの聖教・・・書籍
全て、強制です。

アンナさん
強制なのですよ!!
実態は全て強制なのです!!

全て、創価に対してはらわたが煮えくり返るような怒りで日々生きてる私が全て支払うのです。
生活費が大変です。
それらを踏まえて、いろんな気持ちでコメントさせて戴いてます。

貴女は大変常識豊かで、知的な感じがします。
文面を拝見しても、それが伝わってきます。
行間も綺麗ですし、まとまっています。

ただ、大変失礼ながら・・・
アンナさんのコメントには「虚飾」を感じます。
何らかの「別の意図」も感じます。

もし、純粋に語っておられるなら
貴女ほどの方なら、貴女ほどの賢明な方ならそう遠くない将来に、創価学会の実態と池田氏の実態を知る日が来ると思います。

>語ろうかな・・と思いましたが、辞めました。

冒頭、そう申しました。
この語りは、極々ほんの一握りです。
したがって、語っていない・・・に等しいのです。

裁判が一段落したあかつきに、髙倉様に適切なコメントをお願いしたいと思います。
kan 2011/05/10(Tue)23:55:41 編集
» コメントの場所間違えました
高倉さま

意を決して書いたアンナさんへのコメントをトップページにしてしまいました。
ごめんなさい;
如是我聞 2011/05/11(Wed)19:49:48 編集
» 無題
なぜ匿名のコメントに自分を飾る必要があるのでしょうか?
わたしは自分の今までの経験のなかから感じたことや考えたことを率直に申し上げただけです。皆様の言われることが、わたしが体験してきたこととあまりにも相違しており、何かを意図して申し上げたわけではありません。また一会員であるわたしに組織上の重大な決定や方針の意味することが分かるはずがありませんし、知りたいとも思いません。わたしは創価のセールスマンでもなければ、プロパガンダでもありません。ただ信仰に忠実に自分自身に嘘偽りがないこと、ギリシャ時代からの「汝自身を知れ」という哲学の根本命題を謙虚に求め抜きたいと考えているだけです。

組織のなかの一員であっても、自分の幸せは自分でつかみとり、また築いていかなければならないと思います。組織が与えてくれるのでもなければ、誰かが助けてくれるわけではない。結局、組織のなかにあっても、自立した信仰が求められるのであり、何かに依存し、自分以外の誰かが自分の人生の決定権を持っているわけではないと考えます。
啓蒙と啓発活動は行いますが、それも自分が信じている最上の信仰の道のためとの理想があるからです。人のために尽くすこと、その過程のなかに自己発見があり、成長もあると確信しています。

わたしは正直に言えば、幹部不信です。こんなことは誰にも言ったことはありません。もちろん、幹部が全員、その役職に相応しくない人ばかりと言っているわけではありません。むしろ相応しい人のほうが多いし、特に苦労された方、自己の力量を越えて不可能に挑戦し絶えず自己更新をはかる人、自己中心でなくどこまでも励ますことを止めない人、信仰があろうとなかろうと自分を律して献身的に尽くす人は多くいると思います。

信仰者ということは、言い方を変えれば人格者ということだと考えますが、尊敬に値する人格を有した人が幹部になるとは限りません。不純な動機を持った人が幹部になり、純真な信仰を貫こうと思っている人を信心指導するという不合理なことが起きる可能性が十分にあるのです。わたしは遠慮なしに自分の意見、さらには間違っていると思われることは指摘しますが、時々白い目で見られることは事実です。でも民主的ということは個人の意見を尊重することが基本ではないでしょうか。信仰組織は双方向のコミュニケーションが活発な、最も民主的組織でなければならないのです。そのために努力していくことがわたしの使命と考えています。

わたしは自分のために祈ったことはありません。功徳をくださいみたいな卑しい信仰はしたくないからです。少なくとも、わたしの部の部員さんには幸せになってもらいたい。そのために祈り、喜びも苦しみもともにしていきたい。部員さんであると同時に友人と考えているからです。

kan様
あなたが会われた幹部や議員の方は、創価という商社の営業担当でしょう。一人一人の経済環境や信仰状態を見抜けない人々、会員に無理を押し付ける幹部は信仰者である前に最低の人間です。それは池田先生という師の期待を裏切るものです。
あなたに代わり失格の烙印を押してあげます。
kan様のために祈ります。
kann 2011/05/11(Wed)21:58:45 編集
» kan様へ
上記コメント、自分の名前のところにタイトルを半端に入れて送信してしまいました。
ごめんなさい。
アンナ 2011/05/11(Wed)22:13:11 編集
» アンナさんへ
突然すみませんが、一つだけ。
最初のコメントにて
>貴ブログでは「創価学会池田カルト一派」と、断定的に創価学会全体をカルトと書かれております。

と書かれていますが、「一派」とは全体を指す言葉ではありません。
髙倉様も以前の記事にて、創価学会のほとんどが善良で純粋な会員たちであると書かれています。

まだこちらのブログを全て読んでおられないのかもしれませんが、気になったので。
髙倉様のお気持ちを誤解されている部分が多いと感じました。
長い文章を書くよりも、今一度じっくり記事を読まれてはいかがでしょうか。
クロ URL 2011/05/11(Wed)23:14:36 編集
» 嫌がらせですね
これは完全に嫌がらせですね
カルト創価の工作犯でしょう
一見するとそれとは読めないようですが
こういった術に長けているのがカルト創価です
これからも、いろんな手で嫌がらせはつづくでしょうが、気持ちを強く持たれて続けていってください。
全国に高倉様の味方がいます。
非力ながら私も
陰ながら応援していきます。

けん 2011/05/11(Wed)23:39:13 編集
» けんさま
 はじめまして。けんさまは初めての投稿ですね?違っていたらごめんなさい。
 「嫌がらせ」「工作員」と書かれていますが、アンナさんのことですか?
 文章ではわかりません。勘ぐればいくらでも勘ぐれますが、そうでなければアンナさんに失礼です。
 けんさまがそう思われたとしても、アンナさんの投稿内容に私たちが何か困るのでしょうか?
 それよりも昨日いよいよ東京で裁判が行われましたね。どんな内容だったのか、高倉さんのブログアップに期待しましょう!!!
ちゅらら 2011/05/12(Thu)06:43:05 編集
» アンナさんの投稿
私もやむにやまれぬ心情から投稿されたと察します。私も長期間の信仰歴があり、池田先生に心酔していましたからお気持ちわかります。私の年齢はアンナさんの親ぐらいですが、創価学会の指針に惚れて活動に没頭していました。池田先生はただの人、学会はお金をとらない、コマーシャルなどPRは必要ない、大きい会館を建てて信者から他の宗教団体のように金をむしることはない そのスタンスが大好きだったし、創価学会は私の生きる道と決めていました。でも、ある日突然三桁財務を強要されました。100万円です。それから毎年毎年ねらいをつけたように訪問さ1れました。会合では県幹部が大阪では5桁した人も何人かいるとの話等財務やらんかなの大合唱でした。今まで一万円があたりまえだった自分が、毎年毎年100万円辛くて悲しくてでも、自分の気持ちを言えなかった。言える雰囲気ではなかった。財務だけで1000万円以上は軽く超えました。創価学会員の数が財務が始まってから減ってきているのを確認しました。宗教法人法が改正されてから財務の打ち出しも表向き減ってきているとは感じていました。アンナさんがネットに顔を出すということは早かれ遅かれわかってくることではないでしょうか。
いちじく 2011/05/12(Thu)09:54:48 編集
» 無題
私も少しだけ。

アンナさんが、心を正しい位置に置いた人、内村鑑三氏が日蓮を取り上げて称賛したとおっしゃって、そして創価学会を肯定する書き込みをされているように思いますが、私は内村鑑三氏は彼の知る日蓮と、創価学会を並べて同じように評価するとは思えないのです。
彼は組織に固執することに否定的だったと思います。
いくつかの彼の言葉です。
「教会何ものぞ 儀式何ものぞ。神学何ものぞ。

我が愛以上に信仰あるなくまた我が愛以下に我が宗教なるものあらざるなり。」
「私の無教会主義は主義のための主義でなかった。信仰のための主義であった。」
「選民と非選民と、信者と不信者と区別するのが間違いではあるまいか。全人類を教会と見てキリストをその首長として仰ぐならば、自分もその会員たることを辞さない。」

「余輩は名について争わず、実について争う。仏陀なりとて斥けず。キリストなりとて迎えず。余輩は万物の中に充満する愛の心を遵奉す。」
「もし、われらに教会ありとせんか。これわれらの家庭なり。われらの書斎なり。われらの事務所なり。われらの田園なり。われらの工場なり。われらの店舗なり。」
「飢え渇くがごとく真理と正義とを求むる者は、その崇拝物のいかんに関せず、同宗旨に帰依するものなり。」

これを読むと、組織主義の創価学会を、彼が評価するとは私には思えません。

それと、アンナさんがどういった意味で創価学会が日蓮を一番正しく理解しているとおっしゃるのかはよく解りませんが、今現在の創価学会が日蓮の教義を深く学んでいるのでしょうか。
末端の会員が学ぶのは、せいぜい大百蓮華の切り文くらいでしょう。
偽書濃厚と言われる文を用いることもありますし、はっきり言って日蓮よりも池田氏が発した(といわれる)言葉の方に比重としては重く置かれていると思います。
私としては、どの日蓮系の宗派が一番日蓮の言うことを体現しているかは結局のところ、日蓮に聞かなければ解らない、と思っています。極端ですがね。

アンチが創価学会を悪と決めつけ、感情的に論じているのに不満があるようにも書かれていますが、何より感情的に煽っているのは創価学会も同じこと。聖教新聞紙上に載るトップによる座談会の記事など最たるものでしょう。そして、検証もなく悪と決めつけるとおっしゃいますが、何故創価学会が悪く言われるか、検証しているサイトもあります。

財務については、強制ではないとおっしゃいましたが、半ば強制的な〇桁財務をしよう!という全国的な運動がありました。今も〇桁財務をしました!という発表があります。
額で信仰心を測ることがないというのなら、この桁という表現はなんなのでしょうか。
より多くの財務を確保するためだと言われても、仕方ないと思いますし、その表現は未だに放置されています。
これは組織の上層部は知っていると思います。信者さんの家庭を壊す要因にもなりかねないことが容易に解るのに、なぜ上層部はストップをかけなかったのでしょう。
また、毎年財務の時期になると泥団子の話や貧女の一灯などの話が沢山されますし、直に指導もされますね。財務が自然発生的なものなら、そのようなキャンペーンを毎年行う必要があるのでしょうか。
その謳い文句は福運がたまるから、宿命転換のため、というのが大半です。そして財務をしなければ、熱心な信者さんであればあるほど罪悪感を感じてしまいます。なので断り難いです。(そして財務をしたかしなかったかが周囲に解るし、地区により管理されていますよね。)
アンナさんが強制されたことがないとおっしゃるのは、最初から出そうと思っているからではないですか?
そこが強制だと感じている人との一つの差だと思います。
私の受け持っていた妊娠中の部員さんに、かなり上の方の婦人部長が流産の可能性を匂わせて財務をさせるという事がありました。財務をした彼女は、強制だと感じていましたよ。
確かに幹部の人格によって左右される面もありますが、この婦人部長はそのスタンスで多くの部員さんに接触しますので、部員さんたちは感化されてしまいますね。そして感化された部員はまた人を感化します。
もし、財務が真に自由であるというのが浸透しているならば、そもそもこの様な事態は起こらないと思うのです。
それは一部の人間が勝手にやっている、とおっしゃるかもしれませんが、この一部という言葉、大変無責任です。顔が見えない誰かに責任を被せることで、批判を回避しようとする言葉です。その一部の人間により傷ついた人の声というのが、全国的に上がっているのに。随分沢山の一部の人間がいるものだなと感じます。

ただ、アンナさんのボランティアは素直に素晴らしいと思いますし、所々、信仰に対する姿勢や人格に暖かなものも感じました。創価学会が、純粋に信仰団体として立派だと周囲に言われるような組織になることは、私としても望むところです。
どうぞ、アンナさんが組織を変えるため、部員さんを守るために上層部に負けないでガンガン頑張ってください。

少しだけ、と言いましたが、長文になってしまいました。

高倉先生、稚拙な考えで、この場を汚してしまったかもしれません。すみません。お体どうぞ気をつけてくださいね。


タバサ 2011/05/12(Thu)10:16:12 編集
» 感動
 タバサさんの投稿に感動しました。他の方の投稿にも感動していますが、今の時点で(私の時間と心のゆとりにおいて)一つひとつ頷くことができました。高倉さんはじめ色んな人のコメントに感想を書きたいのですが、難しくてなかなか思うようにはできません。いずれまた・・・。
 一連の投稿、アンナさんに読んでいただきたいですね。私の娘より多分お若いアンナさん、引き続きアクセスしてくださっていますか?!
ちゅらら 2011/05/12(Thu)17:31:26 編集
» いちじくさんへ
「100万円です。それから毎年毎年ねらいをつけたように訪問さ1れました。会合では県幹部が大阪では5桁した人も何人かいるとの話等財務やらんかなの大合唱でした。今まで一万円があたりまえだった自分が、毎年毎年100万円辛くて悲しくてでも、自分の気持ちを言えなかった。言える雰囲気ではなかった。財務だけで1000万円以上は軽く超えました。創価学会員の数が財務が始まってから減ってきているのを確認しました」。

 ↑毎年100万なんて何とむごい! 小金持ちなら、そして学会を無条件に信奉してる人なら出せる額だといちじくさんは見込まれたわけですね。しかし、一般庶民にとっては一財産です!

 「アンナさんがネットに顔を出すということは早かれ遅かれわかってくることではないでしょうか」

↑どういう意味ですか? 学会幹部には予想できたという意味ですか?
ちゅらら 2011/05/12(Thu)17:37:34 編集
» アンナさんへ
「バリ活」とはバリバリ活動している、という意味ですか?初歩的な質問でごめんなさい。何しろ外部の者なので・・・。

●「涅槃経には「依法不依人」(法に依って人に依らざれ)と説かれ、日蓮大聖人も、人の振る舞いが大切なことを繰り返し述べております。法がいくら正しくても、間違うのはその法を実践する人間であり、目的がいくら正しくても、間違った手段を選択するのも人間だということです」

↑上記をわかっていらっしゃるのに、それでもまだ池田氏を崇めるのですか?私には理解しがたいです。麻原氏も最初は間違ってなかったのではないかと思います。しかし、一旦権力を手にすると人間は危ないのです。貴方も私も例外ではないと思います。私は権力のない人間でよかった。手にすればどんなひどい人間になったかという点で自信さえあります。 

 ●「あなたを苦しめ、裁判に判断を任すようなことがあったとしたら、非常に残念に思います。またブログ記事にあるような非常識な言動が幹部にあったとしたら大変悲しく思います」

↑残念とか悲しいとか、そんな範疇の話ではありません。高倉さんはじめ多くの知らない学会員が苦しんでいるのです。高倉さんはたまたまインテリジェンスがあり、闘いの方法もお持ちの能力やブレーンがあったけれど、多くの信者さんがどうすることもできず言いなりになっているのだろうことが、このブログの投稿者さんのお話から伝わってきます。

●「わたしのような一般会員の意識からすれば、とてもほど遠いものです。わたしが出会ってきた会員は、ほとんど全員、良識のある方ばかりだからです。また辛い人生途上にありながら、努力を惜しまない正直な人ばかりだからです」

↑そうでしょう。きっとそうだと思います。けれど、その方々が本当に喜びを持って活動していらっしゃるかどうかは別モノではないかとも思います。そういうふうに思う自分は信心が足りないからそう思うのかもしれないと必死に自分の心の叫びや疑問を打ち消して明るい顔を見せているのではないかとも想像してしまいます。



「あなたが傷つけられたように、そういう言葉に一般会員は傷つけられていることを、どうかご理解していただきたいと考えます」

↑アンナさんはこのブログによって傷つけられた。それは事実だと思います。お気の毒だと思います。しかし、アンナさんのご存じのことと、ここで語られていることのどちらが真実か、ご自分なりの力で検証なさるのも一法かと。


●「組織は大きくなればなるほど制御がきかなくなります。統制がとれなくなります。また方向転換も困難になってきます。変革を望んでも漸進的に進むものと考えます。宗教組織のなかに、野心や企み、正義の名のもとに組織に不都合なことを隠蔽するようなことがあってはなりません。また寛容と正反対の排他的な思想は巡り巡って自らの首を絞めることになるでしょう

↑こういうコメントを書かれるということは、ある程度学会の抱えている問題をわかっていらっしゃるのでは? ただそれを認めるということは今までの自分を否定しなければならないから擁護のご意見を書かれているのでは? 高倉さんだって以前は熱心な学会員だったわけで、後に批判組に転向したからといって、アンナさん自体の価値が下がるわけではありません。

●「日々の活動のなかで疑問に思うこともないではありませんが、それらのことはほぼ幹部の人格が反映されているものと考えます」

↑企業においても上層部だから人格が素晴らしいとはとても言えない状況があります。そして、上層部の人格が劣悪ならヒラは不幸です。だから、上層部の人格は大切なのです。上層部の人格が問題なのであって、それと信仰のあり方が劣るのとは無関係とおっしゃっていらっしゃるように聞こえますが、それは違うでしょう。下層部を率いる人たちの人格が劣っていれば、根本の宗教がどんなに素晴らしくても絵に描いたお餅だと思いますよ。

●「常識豊かな言動が大切であることを繰り返し指導されているのは、池田先生に他なりません。でもわたしがこういう言い方をするのは、盲信的に先生を崇拝しているからではありません。師の心は分かっているからといっても、師のすべてを分かっているとは言えません。池田思想はあまりにも多岐にわたり、知性と理性をフル動員しなければ難しいと考えています」

↑これが問題です。アンナさんはもはやここにおいて思考停止なさっている。 池田氏を自分の手の届かない場所に置いて、「素晴らしい人」と思いこんでいらっしゃる。そう思っていれば楽だからです。
批判するには批判するための根拠がいる。それを探すことを放棄してしまっておられる。勉強してください。

 などと部外者の、無知識の私が言うなんて、(へへん!)と思われるでしょう。しかし、部外者の直観というものを馬鹿にしてはいけません。私は自分の直観を信じています。私の直観はいつも当たります。まあ、こんなことを言っても再び「(へへん!)だとは思いますが。

 以上珍しく懸命に書きました。最後まで読んでくださりありがとうございました。アンナさんのコメントの一つひとつに反応したかったのですが、大まかに書いてしまいました。概ねこんな意見です。


ちゅらら 2011/05/12(Thu)18:45:35 編集
» 応援しています
 はじめまして。正義の味方の月光仮面と申します。

「国立大学教授が創価学会を訴えた裁判が、5月10日(火)午前11時から、東京地方裁判所の第709号法廷で行われます。
http://blog.goo.ne.jp/gakkaia-z/e/cb806fd711bd70ed8711cd01109c6428 」というメールを、下記の方々に送付しました。

「古川利明の同時代ウォッチング」と「カルト被害を考える会」のホームページでは、早速取り上げてくれました。

 高倉教授を応援しています。頑張って下さい。

           記
古川利明の同時代ウォッチング
独立党
海外特派員協会
朝日新聞社
しんぶん赤旗
戸田ひさよし
やや日刊カルト新聞
カルト被害を考える会
共同通信
産経新聞社
毎日新聞社国民新党
司法記者クラブ
月光仮面 2011/05/12(Thu)19:32:12 編集
» 老婆心ながら
高倉さん、はじめまして。

抜かりないとは存じますが

味方の振りをした敵(スパイ)には

十分警戒ください。

実社会でもネット上でも

その手の魑魅魍魎が数多跋扈しています。

読者 2011/05/12(Thu)21:09:57 編集
» ちゅららさんへ
質問ありがとうございます。
財務の衝撃ははるか昔のことですが、県幹部主導で財務の時期には毎年競争のように100万円の財務の体験をあちこちで語って私以外誰一人として異議を感じているように見えませんでした。当初は銀行振込ではなく支部幹部、本部幹部が場所を設けて財務の集金をします。事前に私の家に来て100万円の財務の話をしておき、同じ幹部が集金するのです。大きな会合で幹部がいくら100万円出せ、すってんてんになれ財務を惜しんだら来世はへびになると叫んでも関係ないのですが、家に来られて執拗に要求され、その幹部が集金をするので、相当なストレスでした。大金があるわけではないのですが、独身で一人暮らし、おまけに学会大好きに目をつけられたのかもわかりません。結婚費用は何もいらない。すってんてんになれとの一点張りでした。
うれしかったのは公明党を含む新進党結成時自民党からの創価学会攻撃の中宗教法人法が改正された時期から財務が銀行振込に変わったことです。自民党が創価学会攻撃の中で100万円財務の実態も批判をしていたのが原因なのか表向き会合での財務の行き過ぎた話は減った気がしました。水面下では個々に財務要求はあり、実際私も振り込んだかどうか確認するため銀行まで同伴されほとほと嫌気がさしました。
後 「アンナさんがネットに顔を出すということは早かれ遅かれわかってくることではないでしょうか」 との意味については私自身が財務の不満をもちながらも基本的に創価学会から流れてくる情報、聖教新聞の記事等真実であると受け止めていました。なかんづく池田先生だけは間違いないと信じていました。私自身がインターネットに出会い、今までの創価学会観を一掃するに十分な心を打つ情報、交流があったので純真でかつ聡明なアンナさんならいつかは正しい創価学会像をインターネットで把握されると思ったからです。
文章に人となりは表れるといいますが、自分の浅はかさをさらけ出すような拙い文章で恥ずかしいです。


いちじく 2011/05/12(Thu)22:04:16 編集
» 無題
少し反響があったので喜ばしいことと考えています。

「創価学会池田カルト一派」という名称は、このサイトがはじめてではありません。反創価のサイトや書物に度々登場する使い古された名称と思います。そしてこの名称からうけるインプレッションは、紛れもなく創価に所属する不特定の一般会員を含めて使っていると考えます。確かに「一派」という意味は全体をさす言葉ではありませんが、そこから受けるイメージとして学会全体を思い浮かべる人は多いと考えます。日常のなかで、わたしたちは厳密に言葉の定義を意識しているわけではありません。
前のコメントに書いたようにわたしは一会員に過ぎません。信じるも信じないのも自由ですが、反対意見を頭ごなしに封じようとするコメントに失望しました。対話を拒否するようなこのような考え方見方には、信仰を度外視しても抗議します。
そして工作犯?
コメントしただけで犯罪者ですか?
スパイ組織や国家謀略機関ではあるまいし、暗闇にうごめく魔手のような、宗教組織にとって致命的とも言えるエージェントの存在など考えてみたこともありません。どこからそのような発想が生まれてくるのでしょう。

内村鑑三は明治期のキリスト教者の特徴であるグローバリズムとナショナリズムの中間に立っていた人物ではないかと思います。よく言われる「2つのJ」にそれが表れていると考えますが、宗教は違っても日蓮に理想的宗教者あるいは伝道者としての姿を見ていたように思われます。
内村の引用は所感集からのものでしょうか。不真面目なわたしは全部は読んではいません。無教会主義といっても、内村は実際教会で説教していたのであり、自分でも教会設立に奔走したこともあります。
組織主義とは組織至上主義という意味と解釈します。わたしの言葉が足りなかったかもしれませんが、組織悪があるのであれば組織善もあるでしょう。釈尊は悟りを得てから、生涯を布教に費やしました。当然、信者の集まりである教団ができ、布教の中心になりました。日蓮在世の教団も同じだと思います。普通、布教は教団の指導で行なわれるものですが、日蓮の激しい排他性は、現代の布教にはそぐわないものと考えます。折伏堅持の創価のあり方は、社会の接点で多くの問題を引き起こすのではないかと危惧するのです。

大白しか読まない、御書も学ばない、というご指摘ですが、これは個人的な問題だと思います。学ぶ学ばないということは強制できることではありません。また教義のパッケージ化、マニュアル化は社会的風潮なのかもしれません。こんなことを言えばまた反論されますね。
研鑚のメニュー化は底の浅い宗教人を作り、仏教の醍醐味を味わうことができないと思います。また分からなくても祈れば功徳があるし、正しさが実感できるといった愚かしい議論には関与したくありません。創価がよく用いる昔からの変わらない論法です。体験は大切ですが、体験するために無制限の時間を無駄にしたくないというのが非学会員の本音でしょう。もちろんどんなコースを選択しようと個人の自由です。誰かに文句を言われる筋合いのものではありません。

冷静であらねばならない中央幹部は、時として暴走します。極端な解釈と物言いと行動が多くの敵を作り、社会に受け入れられないことを知っていながら、まるでそれが学会のため、会員のため、師のためであるかのように錯覚を起すのだと考えています。融通がきかない宗門から離脱したのは、応用問題に伝統と古びた厳格さから適用を拒んだ原理主義からの離脱を意味していたのに、専門家とも言える本部幹部の頭脳も柔軟性に欠ける。多くの会員が幹部以上に先生の著作を読み思考しているのに、組織改革のプロセスを一般会員に示すことはありません。閉鎖的と言えば閉鎖的ですが、考え方の根底には官僚主義がはびこっていると思います。


財務について
学生時代、わたしは財務をしませんでしたし、深く考えることもありませんでした。社会人になってから、母に相談し本当に少額の財務をするようになりましたが、無理をしている意識はありません。コメントのなかで、財務キャンペーンのようなお話を書かれていましたが、それはいつごろのことなのでしょう。わたしは聞いたことがありません。それに半強制に財務をしたとのことですが、不当な指導と思ったら、なぜ自分の意志を貫こうとしなかったのか。今わたしがこんなことを言っても何も解決にはなりませんね。

創価一世紀の今後の20年は、最も過酷な歴史を刻むことになるでしょう。それは会員一人一人が聡明でなければならないことを要求してくるものと考えます。会員第一、どこまでも人間のための組織として、多様性の容認と麗しい寛容精神に満ちた組織のあり様を模索するものだと考えています。

このようなコメントを学会本部はチェックしているのでしょうか?
もしもチェックしているのなら、チェックしている職員の方、太陽の下を歩けないような卑屈な手段は、あなたの尊い魂を腐らせるだけです。正々堂々と正義を主張してください。
また、提案ですが、聖教なり創価新報なり、裁判の経過を掲載したらどうでしょうか?
無理な提案ですね。


アンナ 2011/05/12(Thu)22:46:29 編集
» 無題
読者さんに同意だね。
宗門を監視する為、わざわざ法華講員に成り済まさせる組織ですから。

アンナさん、あなたベラベラ書いてますけど、創価学会の起こした犯罪の数々知らないの?
他人事じゃなくあなたの所属する創価学会のやった事だよ!
知盛13号 2011/05/13(Fri)00:04:49 編集
» 月光仮面様
各所へのご連絡、誠にありがとうございます。

私も幾つかのブログと某通信社に伝えましたが
ちゃんと取り上げてくれるか・・・心配でした。

月光仮面様のご対応
非力ながらこのブログを応援したい!と思ってる私にとって、とても有り難く感謝しています。

一人でも多くの方に、様々な視点から注目して戴きたい!
社会的名声と立場ある方が、実名で創価カルト一派との戦いを裁判内容まで赤裸々に公表してるブログです。
もの凄いことだと思います。

しかも、創価学会総体や学会員さん全てとの戦いじゃなく、「創価カルト一派」と冷静に立て分けておられます。
そこに一つの「人間性」も感じています。

個人も組織も「仮面」はやがて・・剥がれます。
いつかは必ず剥がれます。

剥がれた仮面の下にある「真実の顔」に、今まで隠されてた「真実の顔」に、大衆の視線が注がれます。
陽の光が当たります。

21世紀になり、時の流れは早くなっています。
「因」が・・・「果」になるサイクルが短くなっています。
月光仮面様の応援に心から感謝いたします。
kan 2011/05/13(Fri)00:53:29 編集
» アンナさんへ
財務キャンペーンのようなお話を書かれていましたが、それはいつごろのことなのでしょう。わたしは聞いたことがありません。それに半強制に財務をしたとのことですが、不当な指導と思ったら、なぜ自分の意志を貫こうとしなかったのか。
についてですが、
県幹部が三桁財務推進の指揮を執ったのは昭和57年です。他県の実家ではそれから3年後ぐらいでした。
振込に変わったのは平成4年頃だったと思います。
振込時期には県幹部主導での三桁という数字は大きな会合では言われなくはなりました。それまでは自分の気持ちを言えない雰囲気で、周りからも三桁財務の不満を聞いたことがありませんでした。むしろ喜び勇んで三桁財務をしているとしか思えなかったので自分の気持ちを押し殺すしかありませんでした。振込になった時いままでためていた苦しい思い、銀行にまでついてきて三桁をさされた苦しさを区幹部、県幹部に訴えました。もう終わったことだから、今選挙の時期だからしっかり活動して忘れようみたいな話をされましたけど気持ちがおさまらないので財務した後の祭りではありましたが、銀行までついてきた支部幹部にこれ以上ないぐらい怒りました。私の初めての抗議を支部幹部と仲のよいブロック担から支部内ほとんどの人に私が婦人部長と大喧嘩をしているという内容を私が悪いという位置づけで吹聴されました。
今まで好意的にみてくれていた幹部も私を見る顔色が変わっていました。
今はその組織にいませんが、間違いなく財務がきっかけで創価学会という組織から離れた状況です。
いちじく 2011/05/13(Fri)09:54:42 編集
» 無題
様々な意見が出てますね、考えさせられます。
NONAME 2011/05/13(Fri)11:04:39 編集
» 無題
ちゅららさん

外部の方なのに、よく観察されているのですね。
共感しました。
私は学会の家庭に生まれ、苦労もあったことから仕方なく(笑)整理するために、足りない頭で勉強させてもらっているのですが、もし私が外部に生まれてたとしたら、興味を持つことすらなかったかもしれません。一般の目線で創価学会を見てもらえることは、偏りも少ないために、とてもありがたいことだと思っています。

アンナさんがおっしゃる闇の組織ですが、有名所に後藤会系の暴力団の存在があります。後藤会の組長が、「憚りながら」という本の四章で創価学会との蜜月などを告白しています。デマだと一蹴せず、一度読んでみたらどうでしょう。

その他矢野氏などの告発本でもその存在を伺い知ることができますし、ネット上でも内部告発しているいくつかのサイトなどが不自然に突然閉鎖になったのを目にしましたし、内部で組織化されているのかはわかりませんが、後ろ暗く、不条理な事を担当して、疑惑が確信に変わったという学会員さんもいらっしゃいますね。
ここでも高倉先生が殺すと脅され、呼び出されたとき、待ち合わせ場所に大勢の人間が待機していたとも書かれています。
ただ、それが部署として組織化されているかどうかは一般会員であった私には知る由もありませんが…。


内村鑑三氏は無教会という主義に基づく教会で活動されていたみたいですね。

「真理は1人、また一団体の占有し得べきものにあらず、余輩もまた余輩の有限微弱なるを知るが故に余輩の信仰を確守すると同時に、また全ての他の信仰に対し深き尊敬を表す」

と言うように、排他性を排して他の教会と協力しながら伝道を行っていたようで、その観点から個人名を挙げて「〇〇撲滅唱題会」などを行っていた創価学会を内村鑑三氏はやはり評価しないでしょう。

それから、自分の意思を貫いて財務しなければ良かったとのことですが、私が上記に書いた彼女のことで言えば、彼女は妊娠中であり、子供の安全、健康には非常に敏感であったと思います。子供の流産という言葉は、彼女を恐怖に陥れたでしょう。
私も二児の母ですが、その心理は痛いほど解ります。そこに強制力が働き、財務をする、しないの自由は彼女には存在しなかったと思います。

一般の詐欺、悪徳商法に対しては消費者も賢明でなければならないとよく聞きますし、注意換気が行われています。ですが宗教は基本的に上意下達です。

「財務の闘い」として、トップから信仰としてお達しがくるのです。
一般の社会と同じように選びとる自由は…難しいでしょうね。
会員が聡明であること、これは同意ですが、その前に、募る側はまず「自由である」ということを周知徹底させなければいけません。それは組織の責任ですよ。会員に責任を転換させてはいけません。
額で信仰度合いを測らないというのなら、「財務の闘い」という宣揚もやめること。
そうしなければ、聡明である会員も増やせないし、強制されたと思う会員も後を絶たないでしょう。

組織悪もあれば組織善もあるとのことですが、問題になっているのは組織悪のことなんです。善は問題にはなりません。宗教として、善であることは当たり前でなければならないからです。
また善なる組織にするためには、組織悪に目を向けなければこの先一般に理解されることは難しいでしょうね。

また長くなりました。すみません。


タバサ 2011/05/13(Fri)14:05:19 編集
» 無題
パーソナルな変革に焦点を当てた哲学は、恒久的な支持を得られると思います。また人間のエゴを原因とする諸問題に対し、議論すべきテーマを与えてくれると信じています。仏教に求める普遍的な人間主義の論及は、正しいからと言っても、それだけでは発展の原動力にはなりえません。仏教が求める理想像としての実践者、菩薩と言われる弛まざる求道者にその使命はかかっていると考えます。
創価が単に会員を増やすための安易な試みや手段を講じて、早急な結果のみを求めるならば、必ずそのしっぺ返しはあること、さらに人間性復権の課題に真摯に取り組まないかぎり、グローバルな組織展開に支障をきたす日が来ること、「一人の人間を大切に、一人の人間の幸せを祈り、導く」という信仰者一人一人に課せられた同苦の原点を確認し、理論的な面からも実践の面からも、主体的に求め抜く人格を所有するパイオニアであることなど、仏教が社会に展開する日常活動のなかに、文明的課題に無関心ではいられない賢明な会員でありたいと願うのです。それぞれの立場、分野で信仰者としての在り方を、考えなければなりません。



皆様が指摘する問題、軋轢、創価に関連した現在の不幸を感じている人びと、長年のうちに積もり積もってきた布教のやり方を整理せず、ただ激しいばかりの運動は、十分な検討もせず踏襲してきたのだと言えば独善的でしょうか。何でも検証されなければならないし、反省と選択を繰り返さなければならない。反省は人徳の一つと思います。



わたしは今、一つの問いを真剣に考えなければなりません。
「組織のなかに、果たして人間主義は可能なのか」という問いです。
ここで自分自身の未熟な組織論を言うつもりはありません。教条的な「組織悪」を並べるつもりもありません。人間が作り上げていく組織であれば、たとえ学会組織であってもそのような宿命から逃れることはできないからです。組織のドグマから自由であるためには、組織にある人間の弛まない創造への挑戦が必要と考えます。

先生の直下の組織で、先生の指導を曲解し自分の都合の良いように、あるいは独断という悪しき自我のフィルターを通す勝手な解釈は、迷惑この上ありません。今までこんなことは考えたこともなく、また想像したこともなく、先生の指導は清流のごとく流れてくるものと思っておりましたが、時にはそうでないときもあるかもしれないと疑いを抱くようになったのは、わたしの間違った考えなのだろうか?
先生が組織の官僚主義を戒めた過去の指導は、誰でもない、先生の最も身近な幹部にあてた指導なのだと、ふと考えた次第です。

実践哲学としての宗教は、日蓮がシンプルに信行学と示されました。もちろん如説修行としての妙法は、日常的な雑多な諸問題に力強い解決法を提供しているわけですが、個の問題には祈りは通じても、個の合計としての社会変革には漸進的な改革しか望めません。毎回の「不可能を可能にする信心」のリピート解説は、急かされているようで心には響いてきません。もちろん捉え方、感じ方はどこまでも個人の問題です。 会員は自主的な個としての活動に喜びを見い出してはいますが、組織総体としての達成感を味わう時代は、遠くに過ぎ去ったように思えてなりません。



人生は予期しない出来事の連続。同じように国家の在りようも厳しい選択と決断の苦しみからは逃れられず、直面する政治家の資質と人間性も危機にさらされる運命ですが、常に困難を乗り越える才知の堅固さとモチベーションが、歴史を動かす要因になると言っても過言ではないと考えます。公明党のかつてのトップだった竹入や矢野は、この危機を恐れ、退いた臆病者と言えば、反論、山のごとしですね。


コスメチックな話題やファッション、ひそかに憧れる恋愛話題。トレンディな話題で一日を楽しく過ごすことができるのに、どうしてなのだろう、わたしはいつも別のことを考えている。真理の光を見たいと思うのですが、わたしには遠い道程に思えてしかたがありません。



タバサさん、妊娠中の女性のような、個々の問題にわたしは答えることができません。ミセスであれば、お子様の安全を第一に考えるのは当然のことです。もしも公平なジャッジメントを求めるならば、髙倉先生が行動を起こしたように、社会的信頼度が高い場で解決を図らなければならないと思います。あなたの怒り、憎しみが一日も早くなくなりますことを祈ります。

わたしの部員さんに東北出身の方がいて、彼女から急遽、ボランティアのオファーがありました。
女子部7点セットならぬ、ボランティア7点セットも持って、明日からまた行ってきます。
きょうは早目に休みます。お休みなさいませ。

アンナ 2011/05/13(Fri)22:56:16 編集
» 出来れば・・でいいのですが。。
>あなたに代わり失格の烙印を押してあげます。
>kan様のために祈ります。

アンナ様
貴女は随分博学のような感じですが、おいくつなのでしょう?
成人した子供がいる私よりはお若いと思うのですが・・・

根性も座ってるし、堂々としてるし・・・・
どこか、達観してるような人間性もあるみたいだし・・・・
本当は45歳・・いや、55歳くらいかなぁ。。
とか、思っていました。

まあ、それはともかく
そんな貴女が、私の代わりに失格の烙印を押してあげると言う。。
私のために祈ってくれると言う。。

素直に有り難く、受け取らせて戴きます。(^0^)/
ありがとうございます。♪

でね
出来うれば、もっとわかり易い庶民的な言葉で語って戴いたほうが助かります。
周囲の意見を必要としない、あくまで一方的な投げトークだけなら自分の好きな言葉の羅列でいいのですが、もし何かしらの返信的な気持ちがおありなら、出来るだけ安易な言葉・出来るだけ日常使用の言葉、そのほうが伝わります。

深い人ほど、その語り口は庶民的なものです。
安易で伝わりやすい表現は、そのまま「その方の価値と深さ・そして人格」を静かに物語るものです。

それは人生、全てに通じることです。

優しく・・易しく。。。
それを意識して下さいな^^。
人生が貴女に優しく、易しく・・・反応してくれます。

語り口調や思い
それは、我が人生へのオーダーそのものなのです。
そのとうりの人生が、そういう日々がやがてリプレイされます。


で、お願いなのですが・・・
タバサさんが仰ってた「憚りながら」
そして「黒い手帖」・「池田大作なき後の創価学会」・「池田大作の品格」これらの書籍は何としても、お読み戴きたいのです。

独りよがりの主張じゃなく、事実が客観的に書かれています。
創価に縁ある方々は、私は絶対に読むべきだと思います。
自らの純粋な視線を維持するために、絶対に読むべきだと思います。
その上で、こちらにコメント戴きたく・・・
私個人的には思っています。

で、ブログですが
是非、このブログのリンク先はご覧戴きたく思います。
さらに「無関心にならない」というブログ。
とても、冷静で深いです。
ご覧戴きたく思います。
過去の記事も出来るだけ多く、ご覧戴きたく思います。

余計なことに思うようなことでも、思わぬ気づきや発見がある。
思わぬ見識が広がる。
これは世の常です。
アンナ様なら、全てを見聞の広さとして捉えることが出来ると思います。

で・・女子部7点セットって、何ですか?
kan 2011/05/14(Sat)00:57:45 編集
» アンナさんへ
高倉先生そして皆様、はじめまして。

アンナさんのコメントを読み、感じたことを書かせていただきます。
できれば、アンナさんからお返事をいただければ幸いです。

創価学会はかねてから、戦争のない平和な世界を築くことを目的としていたのではありませんか?
池田氏は「平和」について、仏法を基調とした絶対平和主義の立場から、過去においてさまざまな発言をしてきました。
それを学んできた者として、2003年におきたイラク戦争における創価学会の対応は衝撃でした。

アメリカのブッシュ大統領(当時)は、イラク攻撃の根拠として大量破壊兵器の保持を挙げていました。
しかしその後、イラクは大量破壊兵器を保持していなかったことは明らかになっています。
このことは、ブッシュ氏も大統領在任中に公式に認めています。
いわば、アメリカはイラクの大量破壊兵器保持をでっち上げて、侵略戦争を行ったのです。
これによって、何の罪もないイラクの多くの民衆が無惨に殺されたのです。

この理不尽なイラク戦争に創価学会は反対しませんでした。
当たり前ですが、反対しなかったと言うことは賛成したことになるのです。
どのような理由があれ、戦争に賛成することは生命尊厳の思想を否定することではありませんか?

私の知る範囲では、池田氏は一言もイラク戦争に言及していませんね。
一般論としては平和の尊さを言いながら、個別具体的なイラク戦争の問題では沈黙をとおしています。
これが仏法指導者と言えるのでしょうか?

平和の党を標榜している公明党が「苦渋の選択」との理由をつけてイラク戦争に賛成したことについては、あまりにもバカバカしいのでここでは触れません。

ちなみに、今日(5/14日)の聖教新聞1面に「世界平和へ不屈の闘争」という見出しが踊っています。
アメリカの侵略戦争に賛成した池田氏や創価学会の、どこに「世界平和へ不屈の闘争」があるのでしょうか?

私の結論は、イラク戦争容認によって創価学会は宗教団体としては終わってしまった、ということです。
また、池田氏は宗教指導者としては失格である、とも言い添えておきます。

最後になりましたが、高倉先生の闘争を陰ながら応援しています。


追記

東北でのボランティア活動に励まれているとのこと。頭が下がります。
無理をして怪我などをされませんように。
ご自愛ください。
ウトロ 2011/05/14(Sat)09:08:02 編集
» 無題
アンナさん、内容はどうであれ理路整然としっかりした文章をお書きになる。
ほんとに女子部の一部長でしょうか?
地元地域じゃ大人材でしょうから、役職兼務でさぞ雁字搦めにされていることでしょう。
よくボランティア活動の許可が下りましたね。

普段から副役職さんに丸投げですか?
ボランティアは、社会に役に立たない学会活動と違って大変良い事ですから、怪我なくしっかり頑張って下さいね。
知盛13号 2011/05/14(Sat)10:15:25 編集
» アンナさんのプロファイリング
はじめまして。
ウォッチャーの独り言です。

・文章
 SGI提言の論調に近似。
 対話目的ではないアカデミックな演出。
 表現に若さがない、おおらかさがない、情緒がない、かちんこちん。
 創価学会全体を代表した発言、スタンスが余りにも目立つ。

・主張(主に学会本部職員しか言わなそうな部分)
 組織変革は望んでも漸進的に進むものだから慌てるな。
 今までの多くのトラブルは、一部の心無い会員によるものである。
 学会が全くの無謬というのも、信仰者が陥りやすい錯覚。
 学会のレスポンスの早さと行動の緻密さは伝統的なもの。
 池田思想はあまりにも多岐にわたり、知性と理性をフル動員しなければ難しい。
 「創価学会池田カルト一派」という名称は使い古されたもの。
 学会教義のパッケージ化、マニュアル化は社会的風潮だからしかたがない。
 融通がきかない宗門から離脱したのは、原理主義からの離脱を意味している。
 財務キャンペーンのような話は聞いたことがない。
 会員第一、どこまでも人間のための組織として、多様性の容認と麗しい寛容精神を模索すべき。
 先生が組織の官僚主義を戒めた過去の指導は、先生の最も身近な幹部にあてた指導と、ふと考えた。
 竹入や矢野は、この危機を恐れ、退いた臆病者と言えば、反論、山のごとしか。
 公平なジャッジメントを求めるならば、社会的信頼度が高い場で解決を図らなければならない。
 etc.

・プロファイリングの結果
 自称大卒4年ではなく50歳前後の男性。
 名誉会長を正当化、絶対化するための創価中枢の商業的プロパガンダ。
 投稿の主旨は学会の悪事をトカゲの尻尾切りで収めるための事前運動。(高倉裁判対策)

違っていたらスマン。
しかし誤解にしろ、そう思わせるだけの臭いが漂っていることを教えてあげる。

聡明なアンナさんが創価の多くの問題を認識しながらも、事の本質が名誉会長に起因していることにたどり着かないとは信じがたい。

多くのアンチはアンチになるプロセスで組織問題を意識し改革を試みようとしている。
そして不可能と悟ってアンチになる。
どうして不可能なのか、本当はわかっているでしょ?

こうした思索をせずに名誉会長はスバラシイと言っているだけでは、洗脳者かプロパガンダにしか見えない。貴方ほどの人なら後者に違いない。
占い師 2011/05/14(Sat)19:45:23 編集
» アンナさんのプロファイリング
はじめまして。
ウォッチャーの独り言です。

・文章
 SGI提言の論調に近似。
 対話目的ではないアカデミックな演出。
 表現に若さがない、おおらかさがない、情緒がない、かちんこちん。
 創価学会全体を代表した発言、スタンスが余りにも目立つ。

・主張(主に学会本部職員しか言わなそうな部分)
 組織変革は望んでも漸進的に進むものだから慌てるな。
 今までの多くのトラブルは、一部の心無い会員によるものである。
 学会が全くの無謬というのも、信仰者が陥りやすい錯覚。
 学会のレスポンスの早さと行動の緻密さは伝統的なもの。
 池田思想はあまりにも多岐にわたり、知性と理性をフル動員しなければ難しい。
 「創価学会池田カルト一派」という名称は使い古されたもの。
 学会教義のパッケージ化、マニュアル化は社会的風潮だからしかたがない。
 融通がきかない宗門から離脱したのは、原理主義からの離脱を意味している。
 財務キャンペーンのような話は聞いたことがない。
 会員第一、どこまでも人間のための組織として、多様性の容認と麗しい寛容精神を模索すべき。
 先生が組織の官僚主義を戒めた過去の指導は、先生の最も身近な幹部にあてた指導と、ふと考えた。
 竹入や矢野は、この危機を恐れ、退いた臆病者と言えば、反論、山のごとしか。
 公平なジャッジメントを求めるならば、社会的信頼度が高い場で解決を図らなければならない。
 etc.

・プロファイリングの結果
 自称大卒4年ではなく50歳前後の男性。
 名誉会長を正当化、絶対化するための創価中枢の商業的プロパガンダ。
 投稿の主旨は学会の悪事をトカゲの尻尾切りで収めるための事前運動。(高倉裁判対策)

違っていたらスマン。
しかし誤解にしろ、そう思わせるだけの臭いが漂っていることを教えてあげる。

聡明なアンナさんが創価の多くの問題を認識しながらも、事の本質が名誉会長に起因していることにたどり着かないとは信じがたい。

多くのアンチはアンチになるプロセスで組織問題を意識し改革を試みようとしている。
そして不可能と悟ってアンチになる。
どうして不可能なのか、本当はわかっているでしょ?

こうした思索をせずに名誉会長はスバラシイと言っているだけでは、洗脳者かプロパガンダにしか見えない。貴方ほどの人なら後者に違いない。
占い師 2011/05/14(Sat)20:31:23 編集
» すいません
リロードしたらダブっちゃいました。
ご免なさい。
占い師 2011/05/14(Sat)20:40:40 編集
» アンナさんをめぐって
 アンナさんをめぐって皆さん色んなことを書いていらっしゃる、私も含め。
 アンナさんに対して私も色んなことを書きたい。一部は他の方々が代弁してくださってる。

 だけど、アンナさんに対して疑心暗鬼だったり、彼女がまるで魑魅魍魎のような存在だったり、何才だろうか、性別はもしかして男性なんじゃないか、とかの想像だったり、こんなこと、高倉さんは臨んでいらっしゃらないだろうなあと、ちょっと心配になっています。
ちゅらら 2011/05/14(Sat)20:54:06 編集
» はじめまして
高倉さま
アンナさま
皆さま

 はじめまして。まさをと申します。学会の男子部員です。
 3月からこのブログを拝見しています。
 高倉先生が命がけで裁判の経過を公開されていることに、心から畏敬の念をいだいております。今後の学会のためにも、真実が明らかにされるべきです。高倉先生に深く感謝いたします。
 この度はアンナさんのコメントを見て、思わず筆をとりました。私も創価大出身で、アンナさんのコメントどおりなら、私はひと回り上の世代になります。
 文章を見ていて、ご本人の誠実な人柄と、学会組織の現実を直視しようとする勇気をお持ちの方だと感じました。学会中枢の人のなりすましとの評もありますが、私にはそのようには思えません。確かに表現がかたい感じはしますが、若い人にもこうした文章を書く人はいます。またご意見の内容から、まじめに学会のことを考えている青年部の感覚が見て取れます。実際のところはわかりませんが、もし後輩であるならここまで自分の意見をはっきりと述べた勇気を讃えたいと思い、私も意を決して書き込みをしました。
 このブログに来られる方の多くは、学会から本当にひどい目にあった経験をお持ちだと思うので、学会を肯定的に捉えようとする発言に対して激しい嫌悪感や怒りを覚えるのは当然だと思います。しかしアンナさんの文面からは、いま置かれている環境の中で、ご自身で真実をつかもうと努力されている方であると感じます。なので、皆さまのお気持ちはよくわかりますが、彼女に刺々しい言葉をぶつけるのは抑えていただきたく、心よりお願い申し上げるしだいです。
 学会や学会員を「カルト」や「洗脳」などの刺々しい言葉で批判していると、学会が「仏敵」を罵って社会的に白眼視されるのと同じく、正当な学会批判をしている人まで極端で危ない人たちと思われてしまいます。なので批判するなら、あまり扇情的な言葉を使わず、事実を突きつけながら冷静に攻めていくのがよいと思います。高倉先生にも、末端の純粋な学会員を責めるお気持ちはないはずですし(目覚めてほしいという気持ちだと推察します)。
 私は、日頃から天木直人氏のブログ・メルマガや自由報道協会の記事を読んでいます。検察問題やTPP問題での活動に関心をもち、調べていたところ、このブログにたどり着きました。自由報道協会については学会の知り合いにも紹介しているので、そのうちこのブログを見つける人もいると思います。
 私は、高倉先生や天木氏・三井氏の信念と理想にもとづく行動を心から敬服しています。意見の相違はありますが、お気持ちには共感しています。私も私なりに行動していこうと決意しています。今後とも勉強させていただきます。

 さて、ここでもう一つアンナ様の擁護をするなら、私も財務を強制されたことは一度もありません。財務=功徳とはまったく信じていませんが、会館使用のお礼の気持ちを込めて、わずかばかりの金額を払っています。おそらく青年部は、本部職員などを除き、それほど財務の額を強制されることはないと思います(申し込みしないとなると何か言われそうですが)。
 ただし壮年・婦人は違います。これも地域差・個人差がありますが、相当の強制力がはたらいています。とくに幹部になればなるほど、そのプレッシャーは強そうです(身内を見た限りでも)。書籍購入や新聞もそうです。

 学会組織について言えば、悲しいことですが、かなり危機的な状況だと思ってます。過去では戦前の日本軍、現在では渦中にある検察組織や東京電力が、学会の未来を暗示しています。信仰の内容や一般会員の人柄に関係なく、黄昏の中にある既得権益層との癒着、指導部&会員の思考停止、情報隠蔽体質、異端者を排除する閉鎖性など、組織として末期的症状が各所に見られます。こうした行き詰まりの状況は、今の日本の政府・官僚組織・企業にも見られるもので、その意味では学会組織の問題は、そのまま現代日本の多くの(特に既得権益層の)組織体が抱える問題ともいえます。また、いまの日本人の中に、これだけの大災害にあいながら原発や放射能の危険性(さらにいえば,天木氏・三井氏が訴えるようなこの国の歪んだ構造)を直視・理解できない人が多くいるように、学会員の中にも学会の現実を直視・理解できない人がたくさんいます。学会の病理は、日本が抱える病理と見事なまでに同期しています。
 しかし、政府や官僚組織は国家・国民にとって必要不可欠なものだと思うので、どのような形であれ生き残ると思いますが、学会は必要不可欠な団体というわけではないので、今後間違いなく衰退しますし、学会員さんが必要ないと思えば滅びます(必要と思えば復活するかもしれませんが)。
 現場レベルではまだ活力がある組織もあります。日々の勤行・唱題や活動で、信仰の喜びを得られます。人生の大切な指針も学べます。が、全体的には無意味な選挙の連続に疲れ果て、活動家は着実に減少しています。やればやるほど、純粋な信仰を貫けなくなります。このことは、活動すればするほどよくわかってくるはずです。組織的には、このままだと何年か後には国政選挙からの撤退も視野に入ってくるはずです。今の活動形態は、どう考えてもおかしいです。
 学会の未来についてですが、私の予想では、何らかの出来事により学会の存在が世間でクローズアップされたとき、この高倉先生のブログが注目され、ネットメディアなどを通じて世間の多くの人や学会員が事実を直視するようになることで、窮地に追い込まれると思います。そのときに今の東電のような醜態をさらすのか、過去のあやまちを真摯に反省するのかにより、学会がその後生き残れるかどうかが決まると思います。そして今のままだと、本当に辛いのですが、前者の道を歩むだろうと思ってます。

 最後に、今の学会の矛盾の根源が池田大作という人物にあるのかどうか、私はまだ結論を保留しています。彼は非常に多面性に富んでおり、矢野氏もいうように「天才」であることは間違いないと思います。この人物に関して、直接話しておらず、また正確な情報も少ない中で、評価を下せるほどの度量や人生経験は私にはありません。崇拝はしていませんが、学生時代に彼の言葉に励まされたのも事実であり、心境は複雑です(やっぱり、どこかで「信じたい」と思っているのかも)。彼を神格化する学会のやり方は嫌いですが、同時に彼に悪の親玉のレッテルを貼って学会の問題を単純化してしまう発想も嫌いです。彼について冷静に語れる場がほしいです。
ただ実質的には、学会はすでにポスト池田大作(カリスマなき後)の時代に入ってます。改革するとすれば、今がチャンスだと思ってます。なので、私はもう少しだけ頑張ってみようと思っています。望みが薄いのは自覚しているつもりですが、友達、家族、お世話になった人がたくさんいる団体ですから、簡単には踏ん切りがつきません。どこまで続けられるかわかりませんが、一人の信仰者として、やれる限り頑張ってみるつもりです(このコメントを書くのも、ちょっとした勇気がいりました)。もし排除されるなら、それまでです。

 文章が長くなるのは学会員の悪いクセですね。申し訳ありませんでした。最初で最後のコメントになると思いますので、どうかご容赦下さい。
まさを 2011/05/14(Sat)22:46:32 編集
» 反社会勢力創価学会
いやー、調べれば調べるほど恐ろしい

反社会勢力創価学会。

とても日本人が日本人に対して

やっているようには思えない。

日蓮だか法華経だか知りませんが、

日本の伝統仏教も、よくもここまで

悪用されたものです。
読者 2011/05/14(Sat)23:13:33 編集
» 無題
KANさん
そうですね。私もそう思っていました。論文みたいだなぁ、と。
易しい言葉の方が伝わりやすいですね。
人というのは、理屈を沢山並べられるより、たった一言の優しい言葉に動かされるものですもんね。

アンナさんはまだ20代前半でしょうか。
トレンディな話題、とか、コスメティックな話題、とか20代の女性が使わない言葉で無理されなくて良いと思います。
普段使われる言葉で大丈夫ですよ(普段は使いませんよね?)色んな方が見ていらっしゃるので…。

多分、創価学会の代表みたいなお気持ちなんでしょうか。
個人の例には答えられないとおっしゃっていたので。
でもアンナさん。今まで書き込みされていたのは、創価学会の公式見解ではないでしょう?
今までの書き込みはアンナさんの私見だったはずですよ。
私はアンナさんにジャッジしてほしいわけではありません。母親が子供の安全を願うのは当然です。それだけではなくて、その心を利用して、しかも恐怖を感じるような言葉で財務をさせる姿勢の事を私は言っているのです。そしてこのような事は個人の例に留まらず、沢山あるということを知っていただきたいということです。
聖教新聞でも、個人の例をあげて「だから学会は素晴らしい」と宣揚するでしょう?同じことです。

それから、矢野氏、竹入氏は、彼等が良いか悪いかは置いておいて、彼等は学会を体を張って守り続けてきた人です。学会を守るために政治家と渡り歩いてきました。
学会にとっては大恩人なんですよ。
決裂したあとは、巨大な宗教団体に一人で立ち向かった人達でもあります。
彼等はとても臆病者だと評される方達ではないでしょう。臆病に見えるのは学会の方です。矢野氏の手帖を強奪し、新聞紙面でバッシングしましたね。余程恐ろしかったのでしょう。


占い師さん

どうして改善は不可能なのか、ですが。
オルタナティブには大きく分けて二種類あります。
1つは、トップを含む取り巻きが間違っている。と思う人。
もう1つはトップは悪くない、その取り巻きが正しくないのだ。と思う人。

どちらも学会にはいましたし、内部で訴えてもいたようですが、聞き入れられることはなかったように思います。(特に前者の場合はは無理です)
学会指導に、スリハンドクの喩えがありますね。
余計なことは考えずに、従いなさい、ということ。
愚直な信心をしなさいというものです。
そして、組織のあり方に疑問を持ち、論理的に反論するような人のことを二乗と揶揄されます。
二乗は成仏から遠くなると、批判されたりします。
そういう指導を会員はされています。

そして、宗教団体の持つ上意下達の魅力というのもありますね。
弱い人間にとって、この上意下達は魅力的です。
上の言うことに従っているだけで良いのですから、楽なのです。
そういう人達が、宗教団体には沢山います。
このような人は、下からの動きには魅力を感じないでしょう。

オルタナティブで、純粋な末端と共闘しようと思ったけれど、羊とは共闘できないと悟ったと表現する人もいらっしゃいました。
オルタナティブが去っていったのは、こうした壁があったということでしょうね。
組織を改革したいというような事を考えたり、自らの力で乗り越えていくような人は、そもそも宗教団体は必要ないのだと私は思います。

再びKANさん

オススメの本私も読みました。考えさせられる本ですよね。「私の愛した池田大作」もただ批判するだけでなく、中立的な目線で書かれていますね。

福島源次郎氏の池田氏に直接送った諫暁書も、アンナさんには是非読んでいただきたいです。(検索したらでてきますよ)

タバサ 2011/05/14(Sat)23:14:06 編集
» 無題
初めてここにお邪魔しました。

すべてのコメントを読み切れていないのですが。。
アンナさん。。あなたは一会員ではないと推察します。
女子部部長と名乗られていますが、実際はもっと上層幹部でありましょう。

一女子部部長が書くような内容の文章ではありません。
過去女子部部長が言うのですから間違いないと思います。
わたしの思いこみでしたらごめんなさい。。

徹底的に創価の思想を受け訓練された方とお見受けしました。

それに。。あまりに末端の組織の実態を知らなすぎます。。
まるで雲の上の人のようです。。

いえ、間違っていたらごめんなさい。。


流れ星 2011/05/15(Sun)00:42:44 編集
» 無題
まさをさんはじめまして
すばらしい人格の好青年の印象を受けました。冷静に学会の現状を理解されてスタンス的には高倉先生となんら変わらないようにも思えます。
アンナさんの記事を読み返し、皆さんの意見も汲みしながら、勝手な推測では学会中枢におられて今の学会の現状を憂えている方かなと思ったりしています。実際のところはわかりませんが。
財務の三桁は聞くところによると私の県から始まったようです。友達の県では三桁なんて聞いたことないといってましたから県毎で対応は違っていたようです。ショックだったことは折伏しようと思って二人の友人が初めて座談会に参加してくれた会合で我が耳を疑うような財務の話でもちきりで友人は怒って帰り、本当に申し訳ないことをしたと今でも心残りです。
財務のことでもめた婦人部長は交代させられたんですが、仲のよかったブロック担としては耐えられなかったようです。結局私が悪者にされてしまいました。わたしもまさをさんのように財務の強制をされなかったらまた違っていたかもわかりません。
最近でも裕福で自ら進んで毎年三桁をしてきた人から聞かされた話ですが、幹部の人から今年は四桁がんばろうと言われ、腹がったわという話はしてましたから未だに隙あらばっていうところがあるんじゃないでしょうか。
まさをさんのもう一度一人の信仰者として、やれる限り頑張ってみるつもりですの決意に頭が下がります。昔の学会を取り戻して欲しいです。
いちじく 2011/05/15(Sun)01:04:09 編集
» 無題
ウトロさん

激しく同意いたします。
わたしが創価から離れる原因となったのは。。
イラク問題で、日本の派兵に対し、創価も公明も
人道復興支援といい支持したことからです。

それに異を唱えたわたしは、創価の中でクレイジー扱いとなりました。

いま創価も公明も、ある意味ファッショだと思いますね。

こういう場所も、かなり目をつけているのでしょうね~創価。
怖いですね。。
流れ星 2011/05/15(Sun)01:09:43 編集
» 無題
タバサさん

まったくそのとおりです。

末端では全国的に版で押したような同様の問題が起きてますよね。
それは根っこがぜんぶ同じだからでしょう。

こんだけ色んなとこでアンチが騒いでるのに、上層部は指摘を受け止めずにまったく是正しようとしないのは何故? 耳に入らないはずはないのに。

名誉会長はヒエラルキーの頂点だから、知らぬ存ぜぬは通用しないし、まさか本当に知らないなら無責任で無能。報告しない大勢の側近は怠慢。

問題の本質は、名誉会長の管理能力を超えているところにあるか、名誉会長の何らかの思いが反映しているに過ぎない、のどちらかでしょう。
上層部は良くも悪くも指示通り動く人だけで固めているのだから。
いずれにしても創価の発展も衰退も原因はこの人だから名誉は帳消し。
こんな風にかんがえてます。
占い師 2011/05/15(Sun)01:15:35 編集
» アンナさんへの質問
 アンナさん、はじめまして。
 
 2つ質問させて下さい。
 
 
1.日蓮は「末法の御本仏」なのか?
 「日蓮を正当に理解しその教義を実行している教団は、創価学会よりない」(2011/05/10、21:57:55)とアンナさんはおっしゃっています。
 
 創価学会は、日蓮を「末法の御本仏」と理解していますが(会則第2条)、創価学会のこの理解は正当なのですか?
 
 日蓮じしんにとっては、本仏とは、釈尊であり、法華経だったのではありませんか?
 
 末法においては、釈尊も法華経も本仏ではなくなってしまうのですか?
 
   (参考URL)
   http://fallibilism.web.fc2.com/z008.html
   http://fallibilism.blog69.fc2.com/blog-entry-26.html
 
 
2.アンナさんがいうところの「人間主義」とは?
 アンナさんがいうところの「人間主義」とはどのようなものですか?
 
 そして、それは、仏教とどんな関係があるのですか?
  
   (参考URL)
   http://fallibilism.web.fc2.com/040.html
Libra URL 2011/05/15(Sun)01:53:27 編集
» 無題
まさをさん

おっしゃること、私も共感します。確かに成り済ましなどありましたのでアンチの方々が警戒するのは解りますが、私はアンナさんの書き込みを見て、まさをさんと同じく誠実さを感じました。
アンチも時にカルト化します。極端な排除は良くないですね。
皆さんにもお願いしたいのですが、是非冷静に判断していただきたいです。
彼女の文章を読んで、誠実な印象とこれからの信仰について彼女なりに真摯に考え、もがいているのが感じられます。
まだ若い彼女を失望させないでほしいのです。
却って創価学会の殻に引きこもってしまう結果になりかねません(こう言ってしまうと彼女の気分を害するかもしれませんが)彼女だけでなく、このブログを読んでいるシンパの方もいますので、そういう目線も感じて書き込みをしていただきたいです。
アンチなりに彼女の助けになるような書き込みをお願いします。

私もまさをさんと同じく、学会は緩やかに衰退し、ソフト路線に変更せざるをえないと思っています。
将来は、既存の宗教団体のようになっていかざるを得ないでしょう。

今後会員が増えることはないと思います。
経済が豊かになり、人々が宗教を必要としなくなったこと、そして学会は世間に対し無理をしすぎました。その時のイメージが世間には根付いてしまっています。

池田氏を永遠の指導者などと愚かな位置付けをしたのは、そうしないと組織を維持できないものと判断したのでしょうね。
彼のカリスマ性に頼りすぎ、会員を育てて来ていないのですね。これは、彼の責任でもあります。
池田氏亡き後、誰が上層部のいうことを聞くでしょう。私には想像できません。彼を永遠の指導者に位置付けてしまった。もう彼を越えられる指導者を奉り上げることはできません。

まさをさんは、池田氏の評価は保留されてるのですね。今まで一度も疑問に思われたことは無かったのでしょうか。

私が思春期の時ですが、一番最初に皆が素晴らしいという彼に対して抱いた疑問は、単純に、「何故この人はこんなに太っているのだろう?」でした。
些細な疑問です。

本当に指導者として皆の言うように一時も無駄にせず民衆の為に走り回り、汗を流しているのなら、こんなに太るのだろうかと。(若いときの彼はガリガリに痩せていましたね。)
まあ、体質もありますし、太る病気もあるのですが…。そうでなければ、身を粉にして民衆の為に働く人間が若い頃からあんなに太るわけがない。世界を変えようとする宗教者の仕事量は凄まじいものだと思うのです。
子供ながらに彼の姿に彼の欲を見てしまったのだと思います。
彼の著作と実際に発言する彼にも違和感がありました。
どちらにしても、偉大な宗教者、人格者に共通する精悍さと謙虚さを彼に感じることができなかったのです。
民衆に命を捧げている者の姿なのかと。

頭では「それでも池田先生は凄いんだ」と思っていましたが。最後までその違和感は消えなかったですね。
勿論私の心が離れたのはこの事だけが理由ではありません。他にも色々とあるのですが。この事については愚問と言われればそれまでですね。

まさをさんはこれから組織の改革に尽力されるのですね。まさをさんのいう通り、今、創価学会は永遠の指導者の事を含め、岐路に立っている状況かと思います。
オルタナティブのチャンスでもありますが、分裂を恐れている創価学会のオルタナティブへの抑え込みはかなりあるのではと思います。
まさをさんのご活躍をお祈りしています。

タバサ 2011/05/15(Sun)01:58:14 編集
» カルトという言葉
オウム真理教を思わせるイメージで反応するのですが、はてなキーワードを読むと学会にもあてはまるなあと思ってしまいます。学会に限らず小さないじめや小グループの中でも発生しているんでしょうね。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%AB%A5%EB%A5%C8
いちじく 2011/05/15(Sun)09:10:14 編集
» 平和を口にして戦争に協力する矛盾
流れ星さん
私も貴女と同じように、戦争に反対して組織から白眼視されました。
世界平和を目指すはずの学会の中で、反戦思想を持つと危険人物あつかいをされるとは(笑)

イラク戦争を容認した創価学会は、その後も人道支援の名のもとに、自衛隊派兵やインド洋での給油活動に賛成してきました。
人道支援を言うなら、まず戦争に反対しなければなりません。
戦争に賛成する者に人道支援を口にする資格は無いでしょう。

戦争の行われている国に武装した自衛隊を出すことは、あきらかに憲法9条に違反します。
2008年4月17日に名古屋高等裁判所において「自衛隊のイラク派兵は憲法9条1項に違反する」との歴史的な違憲判決が下されました。その後、この判決は5月2日に確定しています。

また、インド洋での給油活動については、あきらかに米軍の後方支援に当たります。
軍隊の後方支援は武力行使と一体のものというのが世界の常識ですから、これも憲法9条に違反します。

これらのことについて、組織内で疑問を提起しましたが・・・。
返ってきた答えは唖然とするばかりでした。

「これには私たちには分からない深い意味があるんだろう、学会本部の打ち出しの通りやっていれば間違いはない」
「先生が反対していないから良いんじゃないの」
「君よりも何十倍も頭の良い人たちが、考えに考えた末に出した結論なんだ(だから文句を言うな)」

自分の頭で考えようとしない、まさに思考停止の典型です。

このことについて、創価学会はどのような総括をしたのでしょうか?
私の知る範囲ではなんの総括もしていないようです。
世界平和を口にしながら、憲法9条に違反する政策を支持したのですから・・・矛盾もはなはだしい。

その後、なにごとも無かったかのように、聖教新聞では「世界平和」や「生命尊厳の思想を世界へ」などの見出しが空しく踊っています。

アンナさんは5/10のコメントで、以下のように書いておられます。

>今まで学会は社会のあらゆる分野でそれなりの役割を果たしてきました。

平和を唱えながら戦争に協力することが、宗教団体として社会で役割を果たすことになるのでしょうか?
私にはとてもそのようには思えません。

>特に最も支援を必要とする社会の最下層と貧困層に希望と生きがいを与えてきました。

創価学会が熱心に支援した自公連立政権の時代に、「障害者自立支援法」が成立しました。
これが社会的弱者に与えた影響の大きさをどのように認識しているのでしょうか?
この悪法ができたことによって、障害を持った人たちの生活がどれほど圧迫されたか。
これは憲法25条で定められた「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」ことを脅かすものです。

私の周囲にいる活動家は、いわゆる「良い人」が多いのも事実です。
しかし、その善意の人たちが、戦争に協力し障害者の生活を圧迫する勢力に力を与えていることも事実なのです。

以上、雑ぱくな書き込みですが、もはや創価学会は反社会的な団体であると個人的には思っています。
ウトロ 2011/05/15(Sun)11:22:14 編集
» 無題
ウトロさん

ほんとうにそう思います!

>もはや創価学会は反社会的な団体であると個人的には思っています

理想で語っていることと実際の行動では、大きな違いがあります。。

そして無知な?会員を巻き込み、あたかも正義であるように
扇動し、反社会的な行動へ駆り立てているのが現状だと認識しています。

それはまるであたかも、あの太平洋戦争へ駆り立てて行った
かつての日本の国家権力と、またその国民の構図と瓜二つです。

それをあれほど小説”人間革命”で戸田会長の姿を通して
語っていたではありませんか。。

その教訓を実際創価も公明も誰も実証として示していません。

いちばん困るのは。。自分たちの勢力が、あたかも正義と平和のために
行動していると見せかけ?信じて?やっていることにあります。。

その蜜のような理想に酔いしれて。。実際は悪に加担しているということにも
気づこうともせずに。。

組織で。。このようなことを真摯に語る幹部も同志も
わたしの周りには皆無でした。

みんな人形のようになって、ただ言われるままにトップからの指示のもとにに動く
奴隷のよう。。

絶対に創価は間違いないんだ正しいんだ。。という幻想に囚われて
実際は真実を見失っている。。

一言で言って。。ファッショです!いまの創価は。。
残念ながら。。
日本の将来にとって、とても困ったサンの一大勢力です。。



流れ星 2011/05/15(Sun)21:19:00 編集
» 無題
品のないコメントに投稿意欲が失せました。
このコメントが最後になりますことをお許しください。

知盛13号様、
皮肉混じりの意見もわたしは慣れています。今まで何度も言われてきましたから。
ネットの将軍様!
これでお互いさまですね。ハシにもボウにもかからないコメント。乱暴な言い方はわたしには通用しません。スルーするのもかわいそうなので、真面目に反応します。

どんなことでもナナメに構えて意見を言ったり、見方をする人が必要で、わたしのような四角張った主張ばかりだとおもしろくもなんともありません。わたしは皆様の鋭い突っ込みに小さな頭脳にフル動員かけて、夢のなかでもコメントのご返事を考えたりしているのですが、いくら考えても適切な言葉を見つけられなかったりすると焦ってしまいます。
知盛様のご心配にお答えしますと、わたし的には、学会活動が優先順位の最上位に位置しているわけではありません。ケースバイケース。このような時節、なによりボランティアが優先し、ましてや部員さんのお誘いであればお断りしないというのがわたしの姿勢です。頼り甲斐はあまりないかもしれませんが、せっかく声をかけてくれるのだから、わたしからお礼を言いたいぐらいです。
また副役職の方に丸投げなんてとんでもありません。もちろん、わたしが知らないでご迷惑をかけていることがあるかもしれませんが、年齢に関係なく、部員さんを姉妹のように考えているわたしにとって、守るべき領分は心得ているつもりです。

地震当日、帰宅難民になりそうになったわたしは、幸いにも会社でホテルを準備してくれて、女子社員優先で宿泊でき一夜を明かすことができました。翌日何とかアパートにたどり着き、早速すべての部員さん宅を訪ねました。安否を知りたかったのです。未活の部員さんのなかには迷惑なことだと思われた方もいるかもしれませんが、いざとなれば、未活であろうとなかろうと関係ありません。ただ純粋に心配し安全を確かめたかっただけです。
わたしは勇ましいトークが得意なわりに、地震恐怖症なのです。地震を恐がらない人はいないかもしれませんが、大地が揺れるということがどうしても受け入れられません。大地が揺れたら、もう歩けないのです。そんなに恐がらなくていいのにと言われますが、わたしだってそう思うけど、足が動いてくれないだけよ。
知盛13号様、ユニークな視点を持っているのにとても残念に思います。今のままでは、その他大勢の一人であり、傍観者的立場を越えるものではないと思います。誰でもプレイヤーになるべきであり、オーディエンスの一人に満足すべきではありません。余計なお世話ですね。生意気なことを言って申し訳ありません。でもわたしは型破りな人に惹かれるのです。

女子部7点セットとは、お数珠、お経本といった活動必需品、その他お化粧品とか、たしなみの必須アイテムというだけです。分かりやすく言っただけで公式なものではありません。海外では、お数珠がネックレス代わりになるとか。きれいなガラス玉の製品もありますのでそんな使い方もありかなと思いますが、お数珠といっても単なる道具、ツールでしかありません。珠のなかにスピリチュアルなものが宿るなどという有り難いお話は、グローバルな時代に通用しません。



アンチの方々を活性化させるアンナのコメントだったようですね。貴重なご意見やコメントを読みながら、アンチセクトの皆様がどんなことを考え、また疑問に思われているのか、少し分かったような気がします。それにプロファイリングまで登場し、わたしはミドルの男性らしい。思わず笑ってしまいました。占い師様の貴重な時間を潰してしまって、すいませんでした。
アンチのアンチ、わたしのような怪しい人間は、データベースに登録ですか?
あなたのようなプロファイラーなら、いつまでも事件は解決しないでしょうね。
きっとハンネのように占いでやったのかしら。
被害妄想的発想による分析と付け加えていただきたかったわ。
あなたのプロファイリングをしたいのですが、悪趣味で自己慰撫するほど性格はゆがんでいません。

部長を経験したことがあるから、女子部長でないとやわらかに断じる元女子部長。結局、あなたは自分の弱さに負けただけではありませんか。わたしは負けない。白い目でみられようと、煙たがれようと、会合への参加を控えるように、というような理不尽な指導があろうと怯まない。

少し教学をかじったからといって「末法のご本仏」なる超難問をいとも簡単に質問される方。質問される前に自分の見解を先に記すのが順序というものです。コピペだけがあなたの仕事とは情けない。わたしはよく質問ばかりする人に出くわします。そういう人の精神構造に幼児性を見るのは、わたしの間違いでしょうか。

トレンディな話題、なんてらこんてらは、普通言わないのではないか、というようなご指摘。テキストと話し言葉は違うのではないですか。あなたが使わないからおかしい、誰も言わないようなくちぶりで、どうでもよいようなことで賢明さを誇る母。太った体型がなぜ問題なのか分かりません。子供の印象がいつも正しいとは限りません。論理的でなく感情で判断をする、またすりこみのような示唆を与える印象文は、こういうブログのコメントには相応しくありません。女性に特徴的な思考回路からくるものと思いますが、わたしも過去に何度も指摘されました。

勝手な憶測に少しがっかりしましたが、面白くもありました。アンチの方々はサクリファイスを求めていたのですね。異質なものへの反発は生物の自然な反応でもあります。
誰でも完璧ではないし、矛盾の塊が人間というものです。正義を主張しても、髙倉先生のように行動に移すことは難しい。わたしも間違いを犯すし、考えてもみなかったところで誰かに迷惑をかけているかもしれません。矛盾ということは、仏法で説くところの基本的法則「十界互具」で表される命の姿かもしれません。

わたしのようなコメントをする人間がブログ攻撃の組織のまわし者と捉えられてしまうのが残念です。もしも組織のなかに、そのようなセクションがあれば、創価に未来はないでしょう。また個人的にそのような行為をするのであれば信仰者とは言えません。
無理なことなのかもしれませんが、皆様に要望したいことは、いつも疑いの目で見ないで、創価であればすべて敵といった次元を越えていただきたいと思うのです。寛容は宗教に求められる最も大切な精神ですが、アンチの方々にも言えるのではないでしょうか。そしてそこに対話の接点があるのではないかと考えます。今はとても無理なことですね。



皆様が大変興味を抱いているようなので、わたしのヒストリーを、かいつまんでお話します。 占い師様のお楽しみを奪って申し訳ありません。

コメントでも書きましたが、強信の祖父母、両親を持つ3世代目。両親の役職は末端の長とでも言えばいいのでしょうか。仕事人間であり、会合嫌いの無口な父、話題が豊富で、おもしろおかしくアレンジして話するのが得意の、学会活動が趣味と言い張る母。ごく普通の学会家庭です。
わたしは今年誕生日がくれば、2?才の可憐な乙女。(自分のことを可憐などとは言わないとチャチャが入るかも)
今まで、両親や周囲から信心を強制されたことは一度もありません。中学生のとき、自然と勤行唱題をするようになりました。ある日唱題をしているとき、この仏法は正しいと啓示を受けたように不思議な体験をする。将来、創価の闘士になることを決意しました。
高校時代、御書全編を解説本を参考に読了。また忙しい高校生活の合間をぬって、女子部とともに活動に参加。一人前の活動家の自覚がありましたが、今思い出してみると気持ちばっかり高ぶって結果は残せなかったように思えます。でもとても楽しかった。
わたしが卒業した高校は、伝統の進学校です。卒業式は忘れることができません。卒業生代表で答辞を読むことができたからです。池田先生の「青春対話」から言葉を引用し発表しました。
大好きな姉を追うように、創価大学に進学。在学中、学内新聞等に論文を多数投稿。でも女子部になってから、読み返してみましたが、論理の飛躍が多く、恥かしいほど拙い文章です。
就職活動も人並みに苦労しました。現在の会社では営業アシスタント的仕事。キャリアへの登用を打診されましたが、お断りしました。
恋人あり。両親と同居している彼の家に、休みのときは入りびたり。もう家族の一員のような親しさです。でもわたしのプリンス、堅実な考えの持ち主で、今一つ安定しない仕事のためか、プロポーズを躊躇しているらしい。おバカさんよね、貧乏なんて少しも恐いと思ってないのに。
御書、先生のご指導、創価大学が、わたしのアイデンティティーです。



大学を卒業し女子部に進出してから、創価の多くの問題に直面するようになりました。姉と同居していたわたしは、姉を通して切実な問題として意識するようになりました。
頭脳明晰、抜群の行動力を持っていた姉に振り回されるように、どちらかと言えばのんびり屋で考えている時間が多かったわたしは、姉の後について行くのが精一杯。前のめりに一直線に進み、恐いもの知らずの姉は、純粋そのものでした。
すでに中間の幹部になっていた姉は、わたしが今感じている創価の諸問題について、同じように悩んでいたのだと思います。姉は昨年結婚しました。結婚に際し、聖教に顔写真がよくのる最高幹部の指導は、本人をはじめ家族を悩ませることになりました。
「未入会の人と結婚すれば絶対に幸せにはなれない」と言うのです。
また「これは先生が最高幹部に対し言われた指導であり、一般には公開されない指導です」というものでした。
悪しき自らのフィルターを通し、先生のご指導を曲解する典型的な例です。
どこまでも誠実に学会指導に殉じていこうとする姉のような人を悩ますのに十分な内容です。
姉は未入会の方と結婚しました。包容力のある優しい旦那さんでしたが、なぜ信仰のあるなしが結婚の第一条件にならなければならないのか。もっと大切な、人格や愛情、ともに理解しあえる関係が重要なのではないでしょうか。
組織から祝福もされないで嫁いだ姉がかわいそうでなりません。
昨年暮れに、会合終了後、ある婦人部幹部に呼び止められました。別室で二人だけになり、「これはわたしの個人的な意見よ」と前置きされて注意を受けました。
時事問題、公明党のこと、選挙支援のあり方、先生のご指導の解釈等について、いつも問題提起し自分の意見を言ってきたわたしを、煙たがっていることは気づいていました。
女子部幹部が婦人部に相談したのでしょう。婦女一体の活動を奨励しているのは、こういうことのためでないのに、深く考える習慣を持たない愚かな幹部。先生のご指導を読んでいるのかもしれませんが、思索することをしない。
「少し頭を冷やして、落ち着いてからまた会合に出席してはどうか」と柔らかく言われたのでした。
そして、姉のこともよく知るその婦人部は
「お姉さんと同じね、姉妹はよく似るものね」と笑いながら言いました。
ショックのあまり言葉が出ませんでしたが、そのかわり涙がポロポロ溢れました。
わたしはこんな人たちを相手にしたくない。姉が必死になって唱題していた姿を思い浮かべました。
信仰の純粋さと組織が求める従順さは違うのだと考えるようになりました。常識豊かな人と言っても、それは内部的に通ずるフレーズかもしれません。外部の方から見れば非常識と思われる側面もあるでしょう。自己を客観視する難しさですね。汝を知ることの難しさです。


姉とわたしは、ほぼ毎日を学活に費やしてきました。アンチの皆様が誤解されると困るので弁明しますが、自ら進んで自らの意志でやってきました。それは今でも変わりはありません。
深夜の帰り道、二人でよくディスカッションしました。社会情勢、政治や経済、先生のご指導について、さらに部員さんのことや活動の目標や問題点。創価の未来は決して明るくないことも。
そしていつも二人で確認していたのです。わたしたちが立つ信仰のプラットフォームは、社会の縮図ともいえる善良で無垢な会員の皆様であることを。多くは信仰者として仏法を自律の規範として生活のなかに反映させ、希望の拠りどころとして生きている人々です。守るべきはこういった人々の純粋さであることを。決してロボットと揶揄され、誇張されるような意思の持たない人々ではありません。





ウトロ様


あなたの質問に詳細に答えることはできません。
でも最近の事例から言えば、昨年の尖閣諸島での中国船衝突事件では、聖教には一切報道されなかったこと。中東政変でのエジプト大統領の追放に関連し、学会HPから記事削除があり、それについて一切コメントがなかったこと。偏向的と言うことも可能ですし、臭いものには蓋的発想と言ってもよいでしょう。また会員を一方向に誘導していると批判されても反論はできないでしょう。
聖教には一般ニュース欄があることはご存知のことと思います。コンパクトに記事が網羅されています。宗教紙は宗旨に沿って主張があるのは当然ですが、連日一般紙のトップを飾った記事が一切掲載されなかったのはおかしいと思うよりありません。
現に中国首脳は民主活動家を弾圧しているのであり、生命を危機にさらしている責任者です。でも先生の外交は、皆様が考えるような単純なものではないと理解しています。その微妙なニュアンスを説明するには、わたしは力不足です。的確に皆様が納得する答えを準備できません。
ついでに公明党のことを言えば、将来的に解党、解党までいかなければ、学会との関係を他政党と同列におき、特別な関係、あるいは支援関係を解消すること。これから10年後、20年後か分かりませんが、公明党は今までにない転換点を迎えると考えます。現在の活動家の主体である、50代以上の方が確実に年を取ること。現在でもすでに活動家が疲弊していること。
政治と宗教の関係について、大胆な提案と判断が必要になると考えますが、そこで政党を持つことのメリット、デメリットといった方法で結論を出すべきではありません。もう宗教団体に政党はいらないのです。国民が政治参加する方法は、いくらでもあると思います。

強力な指導原理は、人間を解放し、また金縛りにもします。平和達成のエネルギーにもなれば、バイオレンス容認の根拠にもなる。この正反対の方向に分けるものは一体何なのだろう?
仏法平和主義は、生命への洞察なくしてありえません。あくまでも個人を基本に、平和勢力としてのメッセージを強く発信していく、未来に向けた壮大な物語ですが、今までその役割を十分に発揮してきたとは言えません。先生の著名人との対話のなかに、平和へのガイドラインが多方面から議論されていますが、現実への応用はこれからの問題だと考えます。まさに次世代のためのテーマなのです。現実は糸が絡み合い、解きほぐすことができないほど複雑です。平和のために宗教がどんな役割を果たしてきたのか。どの宗派であれ、現実を前に無力の謗りを免れない。
公明党と学会のスタンスは違うことを理解していただきたいと思います。一心同体だと反論されると思いますが、単純な割り切りでいかないのが政治ショー。政治は時には犠牲を強いるものですが、それについては皆様もよく分かっていらっしゃるであろうし、わたしにしても門外漢のテーマです。
すでに世界的な広がりを見せているSGIが、第一に考えなければならないのは、各国にいる会員の安全です。強いメッセージを発信できない場合もあるのです。
これ以上の詳細なコメントは控えさせていただきます。いくら言葉を尽くしても、皆様に納得していただく説明は困難です。煩雑になり過ぎて、未熟なわたしには手に負えません。
このような主張は、先生の私兵のようにまた言われるのでしょうね。
残念ながら、一部長と先生の私的な接点はありません。わたしはそんなに優秀ではありません。




『自由と秩序の両立は、人類に与えられた永遠の課題の一つである。とはいえこの二つは、一方を立てればもう一方が立たなくなるという、二律背反の関係にある』

『紀元前三九九年に行われたソクラテスを裁く裁判で、ソクラテスを告発した側の言い分は次のようなものであった。
「国の認める神々を尊重せず、アテネの青年たちに害毒をおよぼした」
「害毒をおよぼした」ということにかぎるならば、ソクラテスの死刑に賛成票を投じたアテネ市民の想いは、後世のわれわれがこの事件に対していだくような、簡単なものではなかったのではないか。優れた作品を遺し、かつまた行動人としてもはなはだブリリアントであった弟子たちの誰一人として、下り坂をころがり落ちるアテネを、身をもってささえようとした者はいなかったのである。それどころか、彼らのなしたことは、落下の速度を早めるに役立っただけだった。
この現象は、時代のせいであろうか。それとも、時代を越えて、偉大な人物は偉大であることによって、自身では思いもよらない毒をまき散らしてしまう存在であるのか。
もちろんこれは、ソクラテス個人の責任ではない。偉大な人物を慕ってくる者には、なぜか、師の教えの一面のみを強く感じとり、それを強調する生き方に走ってしまう者が少なくない。すべての事柄には、裏と表の両面があるのを忘れて。そして、真の生き方とは、裏と表のバランスをとりながら生きることであるのを忘れて。
だが、これも、偉大なる人物の宿命であるのかもしれない。そう思えば、ソクラテスの死刑には、反対票を投ずるしかないのである』(ローマ人の物語:塩野七生)

わたしは、塩野のコンサイスなアナリシスに賛同し、そのまま受容しているわけではありません。でも、示唆に富む文章には多くの考えるヒントがあると思います。
塩野が言うローマ人の特質は、開放性、すなわち人種、宗教、民族の違いを越えて同化することにあると説く。自由と秩序、言い換えるならば、個人と国家(組織)の絶妙なバランスの上で、多神の容認、他者共存の思想の実現を、理念だけでなくシステムを統治する能力に求めようとする。能力とは技術的に優れた管理能力をいうのではないと思う。人格陶冶に備わった人間性の輝きとも言えるものではないでしょうか。
現在、理念だけが先走り、統治能力に劣った政治家のなんと多いことか。
また、秩序維持のために過激な行動に走る宗教人のなんと多いことか。



アンチの皆様とわたしのような創価アクティビストは水と油らしい。親和性は全く感じられず、信仰者である前に人間であり、アンチである前に人間、そのような共通土台に立てば何らかの対話の糸口があるのではないかと考えたのですが、不信と疑心暗鬼は深いようです。

わたしは内部アンチと言われるのでしょう。レッテルを張るのはかまいませんが、どのような考えを持つのもまた自由。わたしが姉に勝っているところがあるとすれば、それは我慢強いことです。だから負けないように頑張るしかありません。弱い自分に負けないようにです。
そして、このブログにコメントした目的、「創価学会池田カルト一派」という呼び名は止めていただきたい、ということを再度お願いいたします。


タバサ様、ちゅらら様
同じ女性として、歴史を変えていけるような存在になれたら、どんなに素晴らしいことだろうと思います。
ラディカルな主張には必ず明快さが必要ですが、保守勢力の反対を受けることも必然的なことです。社会の多くはコンサブティブであり、創価も革命を標榜していながら極めて保守的です。組織であれば上があり下があるのは当然ですが、それは人間性の優劣を表しているものであってなりません。真に民主的組織は、人間の神格化といった思想と対極にあるものと思います。 また上意下達は組織の最も一般的なあり方です。わたしが言いたいのは、下意上達ということです。この双方向の流れと尊重が組織を硬直させない一つの方向だと考えます。

辛口のご意見ご指摘ありがとうございました。皆様の思いをムダにはしません。
いつか、両方の中間地点でにこやかに握手し、和解できる日を切に望んでいます。

できるだけ、わたしのまわりに裁判が進行中であることを伝えます。
皆様のご活躍、ご健康をお祈り申し上げます。
長文になりましたこと、お許しくださいませ。
さようなら。
アンナ 2011/05/19(Thu)21:48:49 編集
» アンナさんへの応答
 以下、アンナさんへの応答です。
 
 『日蓮を「末法の御本仏」と理解することは不当である』というわたしじしんの意見は、「(参考URL)」としてきちんと示しておきました。
 
 にもかかわらず、アンナさんからは、「コピペだけ」などというトンチンカンな回答が返ってきました。

 そういう人の精神構造に幼児性を見るのは、わたしの間違いでしょうか。
 
 あと、『日蓮を「末法の御本仏」と理解することは不当である』ということは、日蓮の遺文から明白ですから、「超難問」などですらありません。
Libra URL 2011/05/20(Fri)06:31:33 編集
» ざんねん
学会はおかしいなんてことを今頃強調しなくても大半の人にもともと異論はないよ。
アンナさんの主張だと、おかしくなったのは幹部で名誉会長はスバラシイ。
オレはすべての原因は名誉会長にあると確信してる。理由は山ほどある。
創価問題を放置したままの名誉会長を無条件にスバラシイと思ってる限りはそこらへんの盲信者と同じだよ。
字面だけに反応してみなさんの文底の心を汲み取れないのがざんねん。
頭かちかちで心配する。お元気で。
占い師 2011/05/20(Fri)08:06:04 編集
» 無題
アンナさん
アンナさんが、この先、数十年創価の中でのご活躍をお祈りしております。。
ただし、わたしに見えるのは、アンナさんが壇上でおもしろくもなんともない
学会指導とやらをする高慢ちきな幹部の姿しか見えません。。
もちろん、今現在のあなたの姿をもってですので
将来、もっとご苦労をされて一会員のこころをつかむような
幹部になられるかもしれませんが。。

ただ、その頃。。アンナさんの理想とする創価であってほしいと
陰ながら期待しております。

果たして創価は、アンナさんの理想とする組織に生まれ変われるのでしょうか。。?

もし、そうだとすれば。。多くの人の苦悩の上に確立されたものだと
いうことを決して忘れないでほしいですね。。

>創価であればすべて敵といった次元を越えていただきたいと思うのです。

これには異論がありますよ。。
創価出身である人は、たとえ創価を離れても誰も創価を敵と
みなしている人は少ないと思いますよ。

わたし個人で言えば、誰が自分の魂の故郷であるものをまるっきり
否定などできるでしょうか。。

それよりも創価のバリ活たちが、創価を離れて行った人たちを
敵だと、そう思っているのではないでしょうか。。?

だからこそ、相手のこともそう認識してしまわれるのでしょう。。

創価を去った人たちは。。創価を敵視しているだけではなく
憂えているのだと言うこともお忘れなく。。

つまり、将来的にアンナさんもそうなる立場で理解できることだと信じますが。。

わたしは過去役職で負けたとおっしゃられますが。。
貴女から見たら、そう思われるかもしれませんが。。
貴女の見解と相違して残念ながらわたしは、人生に負けたわけではないんですね。。

そのじつ、創価にいる時よりもはるかに幸せな日々です。

その決めつけの言葉。。さすが!創価だわ~と笑えましたわたくし。。

しかっし、いま想うと。。アンナさんの長文の書き込みをつらつら読むと
ある意味、挑発的。。

つまり、ここのブログにある意味意図して書かれているのかもしれないと
想像するのは間違いでしょうか。。??

自らのプロフィールをさらけ出すなんて。。
その内容が、ちょっと読んでいて恥ずかしい気持ちになりました。。
ごめんなさい。。





流れ星 2011/05/20(Fri)11:54:51 編集
» もう少し事実を素直に見ませんか?
アンナさん


池田氏は過去に、「世の中に正しい戦争などはない、戦争そのものが絶対悪である」と幾度も語っていました。
その池田氏が、「平和」を唱えながらイラク戦争を容認したのです。
これを自語相違と言いませんか?

この事実を素直に見たときに、一人の仏法者として何を感じるのか。
それをアンナさんにお聞きしたかったのですが、残念ながらお答はスルーされたようです。
私がリアルでもネット上でも接してきた、多くの活動家と同じ反応ですね。

>平和のために宗教がどんな役割を果たしてきたのか。どの宗派であれ、現実を前に無力の謗りを免れない。

学会は宗教界の王者である・・・これが学会の主張ですよね。
であるならば、他の宗派と学会を同列に論ずるのはおやめなさい。
他の宗派が平和のために無力だからといって、学会や池田氏が戦争に賛成しても良いことにはならないでしょう。

アンナさんは十把一絡げに、すべての宗派が平和にたいしては無力だと言っていますが、理不尽な戦争に反対している宗教団体はたくさんありますよ。
大事なことは平和のために声を上げることではないのでしょうか。

池田氏はかつて、このようにも言っていました。
「学会は世に流布するムード的な平和主義ではなく戦う平和主義である。」
ここまで言っておきながら現実におきている戦争に反対できないとは、なんと情けない「指導者」でしょうか。

1990年に湾岸戦争がおこりました。
この時には国連安保理がイラク制裁の決議を行ったのです。
いわば大義名分のあった戦争です。

しかし、2003年のイラク戦争はアメリカによる一方的な侵略戦争です。
とうぜん、イラクへの武力攻撃にたいする国連安保理の決議もありません。

かつての池田氏は、大義名分のあった湾岸戦争でさへ反対したのです。
私はこの当時の池田氏の行動は、高く評価します。
ところが、なんの大義名分のないイラク戦争には反対できない。
この矛盾をどう説明するのでしょうか。

>でも先生の外交は、皆様が考えるような単純なものではないと理解しています。

戦争に反対することを「単純なもの」として否定されるのですか。
では、単純ではない外交とは何でしょうか?
池田氏は政治家でも外交官でもありません。一民間人であり、宗教者ではありませんか。
それが戦争容認をして、どのような「外交」を展開するのでしょう。

>世界的な広がりを見せているSGIが、第一に考えなければならないのは、各国にいる会員の安全です。強いメッセージを発信できない場合もあるのです。

池田氏がイラク戦争に反対したならば、各国にいるメンバーの身が危険にさらされる・・・なんとも理解できないお話ですね。
では、湾岸戦争に反対したときには、SGIメンバーの安全に配慮する必要は無かったのですか?
湾岸戦争時にも、各国にSGIメンバーが大勢いましたが・・・。

アンナさんのお答を拝見して失望しました。
結局のところ、池田氏や学会がイラク戦争を容認したことについて、あとから理屈をつけているだけのようですね。

物事はもっとシンプルに見ましょう。
「平和」を唱え、過去においては湾岸戦争に反対した池田氏が、イラク戦争には反対しなかった。
事実はこれだけです。

池田氏は変節したがゆえにイラク戦争を容認した。
これだけの話でしょう。
ウトロ 2011/05/20(Fri)19:59:15 編集
» 訂正しお詫び申し上げます
Libra様に対するコメントで、わたしの勘違いもはなはだしく、ご迷惑をおかけいたしました。訂正しお詫び申し上げます。どこか早トチりの部分があるのは、わたしの性格です。軽率と言えば軽率です。
わたしの、ご本尊への確信は揺るぎないものです。確信は知識と経験からくるものです。しかし、そのためには今後も研鑚努力を怠ってはならないと考えています。あなたのHPを読むにはかなりの時間が必要と思います。仏教は最良の人間教育メソッドと考えますが、その意味でも持論の体系的説明があれば理解しやすいように思います。余計なことですね。


流れ星様
中身が何もなくわめくだけ、こういうのを犬の遠吠えコメントと言います。

占い師様
頭の固い60才前後。
小生意気な娘にズバリ言われて頭にきましたか?
新鮮味がないコメント。同じことしか言えない。

ウトロ様
イラク問題について、平行線をたどると考え、一般論にとどめましたが、理解していただけなかったようです。人の批判はたやすいものです。あなたはイラクのために何をされたのでしょうか?


皆様のコメントに応えるため、できるだけ誠実に努力しました。概して、皆様のコメントは感情的反応が多かったように感じます。キズをなめあうようなコメントが憐れに見えてきます。それだけ創価に対する憎しみが深いのでしょう。
このブログを汚しあらしているのは皆様ではないのですか?
もうコメントすることはないと思っていたのですが、Libra様に対し失礼なコメントが気にかかり、再コメントさせていただきました。
Thank you for reading.
Pray to meet again when you were needed at one time.
アンナ 2011/05/21(Sat)22:17:16 編集
» アンナ様のコメントを拝見して
あまり希望さんのブログにコメントはしない様、控えていたのですが一言だけ。

アンナさんと他の方のコメントを拝見して、やはりかみ合わない事を改めて確認した感があります。

アンナさんは彼女なりに真摯に応えていると思えますが、それが違和感を持つのは何故か?
単純にシンパだからではなく、長年活動の中に没頭すると、思考パターンとして形成されるモノかと。
これが変わるには、様々な人から言われただけでは変化はありません。
やはりご自身で再度、自身のもたれている思考について「破壊と再生」みたいなものを経ない限り、変化は望めません。
個人的には「遠藤周作的な行動」という事でしょうか。

誰でも己が信じているものを、批判され壊される事にすぐ順応するという事は出来ません。

ただアンナさんが、このブログを読んだという事は、少なからず彼女の中に何かを残しているはずだと期待してやみません。

すみません、横から差し出がましいコメントを。

できればロム専でも構わないから、アンナさんにはこのブログを見続けて欲しいところです。

以上です。

PS:もし無用なコメントであれば削除して下さい。>希望さん
運ちゃん URL 2011/05/22(Sun)00:21:31 編集
» アンナさんへのコメント
 ご丁寧なコメントありがとうございました。
 
 どうやら、あなたの精神構造に幼児性を見てしまったのは、わたしの早トチりであり、間違いだったようです。その点については、わたしも、訂正してお詫び申し上げます。
 
 『日蓮を「末法の御本仏」と理解することは不当である』という問題については、わたしのHPの全体をお読み頂く必要はありません。「(参考URL)」としてお示ししたものだけお読み頂ければ結構です。もし、異論、反論などがおありであれば、拙ブログにコメントして下さい(↓)。
 
  創価学会教義の形成の試み
  http://fallibilism.blog69.fc2.com/blog-entry-26.html
  
 あなたは創価大学を「アイデンティティー」とまで言われていますが、その創価大学の宮田教授ですら「日蓮じしんには日蓮本仏論などなかった」と認めざるを得ないというのが現在の学問的状況です。
 
 ちなみに、わたしには、あなたのような「小生意気な娘」というのは、女性としてとてもかわいらしく感じてしまって、けっこうタイプだったりします。こんなこと言ったら他の人に怒られるでしょうけど(汗)
 
 どうか、プリンスとお幸せに(笑)
Libra URL 2011/05/22(Sun)01:24:40 編集
» 無題
アンナさん、最後にボロが出てしまった様ですね。(苦笑)一生懸命、「知性」を全面に出そうと、難しい語り調で踏ん張っていらしたのに、残念です。ちょっと期待していたんだけどなあ。。。

最後の貴女の流れ星さん、占い師さん、ウトロへのコメントはいただけませんねぇ。でも、あれが貴女の「素」なのだと思ったら、逆にちょっとほっとしてしまいましたが。

それから最後の英文はお辞めになった方がよろしかったかと。英語を母国語にしている人が読んだら、日本人英語というのがとてもよく分かってしまいます。「私はこんなに出来るのよ」と言わんばかりに、日本人相手になぜか英語での締めくくりは、滑稽でさえありました。あの英文で、貴女が過去の論文で、わざわざ使っていた横文字の威力?さえもが色あせてしまいましたよ。

かわいそうです。貴女のような方が。
一生懸命、創価のために頑張って来られたのでしょう。
先生のために一流の人材にと人一倍勉強もされたことと思います。

でも、人の心に届くのは純粋な心だけです。その人の放つ虚飾のない光だけです。

どうぞお幸せにね。

ひなたぼっこ 2011/05/22(Sun)02:56:03 編集
» 無題
アンナさん

>イラク問題について、平行線をたどると考え、一般論にとどめましたが

宗教団体とその指導者による争容認という大問題を、一般論で語ろうというのは現実からの逃げではありませんか?


>人の批判はたやすいものです。

仏法者を気取りながら戦争に賛成するという許し難い行為を批判するのは、人間として当然のことでしょう。
戦争容認という悪を見て、それを批判しないほうが問題では?

>あなたはイラクのために何をされたのでしょうか?

私がイラクのために何もしていないとの前提での書き込みですね(苦笑)

周囲から白眼視されながらも、理不尽な戦争に反対しました。
その後も、憲法違反の自衛隊派兵に反対する運動もしました・・・etc。

アンナさんは何をされたのでしょう?
何を為したのかを人に問う前に、ご自身の行為を語るのが順序でしょう。


ご本尊への揺るぎない確信をお持ちとのことですが、それが池田氏への盲信につながっているとしたら、とても残念なことです。
法主や浅井氏を崇拝している法華講や顕正会のメンバーと、何も変わりませんね。

もうコメントをされないとのこと。私もロム専に戻ります。それでは、ごきげんよう。

高倉様、お邪魔しました。
ウトロ 2011/05/22(Sun)05:55:18 編集
» 無題
失礼な登場の仕方をしたこと、ご勘弁を。
怪しさ満点の本体に迫る目的で挑発してみた。
リアル二十代だろうが中枢幹部だろうがどうでもよいこと。
真偽は別としても想定以上の情報を引き出せた。
我こそ正義の学会員思考の恐ろしさを読者は十分認識させられた。
目的は達成したのでこれ以上コメントしない。
ではでは
占い師 2011/05/22(Sun)09:20:14 編集
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
カレンダー
06 2017/07 08
S M T W T F S
2 3 4 6 7 8
9 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
プロフィール
HN:
本名:髙倉良一(たかくらりょういち)
性別:
男性
職業:
大学教員
趣味:
思索と散歩と映画鑑賞
自己紹介:
HN:希望
大学と各種の専門学校で、法律学、哲学、社会学、家族社会学、家族福祉論、初等社会、公民授業研究、論理的思考などの科目を担当しています。
KJ法、マインド・マップ、ロールプレイングなどの技法を取り入れ、映画なども教材として活用しながら、学生と教員が相互に学び合うという参画型の授業を実践しています。現在の研究テーマの中心は、法教育です。
私は命ある限り、人間を不幸にする悪と闘い抜く覚悟です。111歳までは、仕事をしようと決意しています。
最新コメント
[07/10 希望]
[07/07 教員免許更新講習の教え子]
[07/05 希望]
[07/05 希望]
[07/05 通りすぎる]
フリーエリア
最新トラックバック
バーコード
ブログ内検索
P R
アクセス解析
カウンター

Copyright © [ 白バラ通信 パンドラの箱 ] All rights reserved.
Special Template : 忍者ブログ de テンプレート and ブログアクセスアップ
Special Thanks :
Commercial message :