創価学会の創建の道から外れた池田カルトを、会員全員の力を結集して、正道に戻す必要に迫られています。
これまで伝えられている池田大作創価学会インターナショナル会長の健康状態からは、池田大作SGI会長の在任中に正道に戻すためには、時間的にあまり余裕がありません。
しかしながら幸か不幸か、池田大作氏の健康状態が万全でないことが、これまで日々の学会活動に追われていた会員に余裕をもたらし、創価学会を健全化しようとの動きが少しずつ回復しつつあるように見受けられます。
このような時期にあって、創価学会が創建の道に立ち返って、さらに現在求められている社会的ニーズに合致する創価学会の在り方を提言致したく存じます。
一度は、創価学会を池田カルト化するという大変な過ちを犯した池田大作氏が、その晩年の最後において、自らの誤りを正されるとともに、創価学会の素晴らしさを世界中の人々に認知させて生涯を終えることこそが、池田大作氏に相応しい生き方ではないでしょうか。
そして、日蓮大聖人の立正安国論の精神に基づき、個人の幸福と社会を良くすることを本旨とする創価学会の目指すべき在り方ではないでしょうか。
このような思いから、拙文を省みず、提言をさせて頂く次第です。この提言は稚拙なものですが、皆様方からのご意見を賜れば幸いです。
新創価学会(案)
2012年2月吉日
髙 倉 良 一
池田カルト化した創価学会を創建に立ち返って本来の学会精神を復活するため、さし当たって以下の活動を行う。
第1、学会員の日常活動
人間の日常において欲と怒りと迷いによるイライラを自らコントロールする。
⑴ 今日、人々は、欲と怒りと迷いにより、日常的にイライラし、それがストレスとなって、その人が本来持っている能力を低下させている。
会員の集団的な話し合いで、相互にこの欲、怒、迷の煩悩を一掃し、穏やかな心を保つレッスンをし、会員が本来持っている能力を全開することができるようにすることを会員の日常活動とする。
⑵ 人間は、心を野放しにしておくと、欲望や怒りや迷いが次々と浮き上がってくる。そのような自分自身を損なう流れに逆らうべく、自らをコントロールするためのルールである戒で、心を縛る必要がある。
この戒の達成を集団討論でしようとするのが、創価学会の日常活動である。
〈十善戒のリスト〉
思考について
㈠ 欲望を抑える不貪欲(ふとんよく)
㈡ 怒りを抑える不瞋恚(ふしんに)
㈢ 迷いを抑え真理を洞察する正見(しょうけん)
発言について
㈣ 嘘をつかない不妄語(ふもうご)
㈤ 批判しない不悪口(ふあっく)
㈥ 悪い噂話をしない不両舌(ふりょうぜつ)
㈦ 無駄話をしない不綺語(ふきご)
行動について
㈧ 生き物を殺さない不殺生(ふせっしょう)
㈨ 盗まない不偸盗(ふちゅうとう)
㈩ 浮気をしない不邪淫(ふじゃいん)
参考文献 小池龍之介著「もう怒らない」幻冬舎文庫
⑶ 個々の会員のソーシャル・ベンチャー計画の実現援助討論。
第2、学会員の財務(寄付)について
⑴ 新たな財務は基本的に禁ずる。従来の施設の補修のための財務は歓迎する。
⑵ 各施設の運営はボランティアの会員で運営する。
⑶ 政党とは距離を置くので施設や会の運営のための有給の人員は置かない。
⑷ 創価学会を誇示する施設等、会員の福祉に役立たない施設は大幅に処分する。
⑸ 以上により、財務の必要性をなくし、財務を大幅に縮少する。
⑹ 創価学会の財産の主たる使途は、会員のソーシャル・ベンチャー活動の支援費に当てる。
第3、新創価学会の目的
⑴ 学会員各位が「社会を変える」を仕事にする。創価学会は、そのような学会員を精神的、経済的に支援する。
⑵ 各会員はベンチャー起業家(ソーシャル・ベンチャー)やNPO法人として、社会問題を解決するための事業を行う努力をする。
⑶ この国では何か新しいことをやろうとすること自体が罪とみなされる傾向がある。その時に創価学会のバックは無尽の力を発揮する。
⑷ 各会員の起業を会員は相互に支援する。
⑸ 創価学会は、学会として、選挙や投票支援行動は一切しない。
⑹ これまで蓄積してきた創価学会の財産は、各会員のベンチャー起業等、社会問題解決のための事業の支援にあてる。
参考文献 駒崎弘樹著『「社会を変える」を仕事にする』ちくま文庫
第4、創価学会新聞の役割
⑴ 単位会の活動状況の相互紹介。
⑵ 会員のソーシャル・ベンチャー活動の報告及びその支援状況報道により会員のベンチャー活動の活性化を図る。
⑶ 会員本位の新聞とする。
第5、新創価学会の役員
⑴ 地域の役員は、各地域の互選による。
⑵ 中央の役員は地域の役員の互選による。
⑶ 役員は全て無給のボランティアとする。
⑷ 学会官僚の発生を断つ。
第6、ソーシャル・ベンチャー育成の公器としての新創価学会
創価学会をソーシャル・ベンチャー育成の公器とする。そうすると、少子高齢化社会を解消し、発展性のある日本社会を実現できる。
第7、池田大作氏が逝去された際の対応
会員全員の総意に基づき、池田大作氏の遺族に対して、池田氏の遺産の全ての相続を放棄し、その遺産を東日本震災の復興資金に寄付するようにとの要請を行う。池田氏の遺産を全て放棄するならば、池田氏の死後の名誉は守られるはずである。
以上
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これまで創価学会池田カルトに対しては、数多くの批判がなされてきました。池田名誉会長と創価学会の数々の人権侵害行為、金銭スキャンダル、女性スキャンダル、暴力団との関わり、違法な選挙活動、師弟不二に象徴されるような教義のでっち上げなどが、徹底的に批判されて来ました。
しかし、創価学会池田カルト一派は、未だに存続しています。とするならば、このような批判は、創価学会池田カルト一派を打倒する上では効力を有しなかったと考えなければなりません。
創価学会池田カルト一派は、これまでの批判は、いわゆる反逆者の発言であり、でっち上げの批判であると、「純粋な」会員を洗脳することができたのです。
今回の高倉教授の提言は、これまでの批判とは異なり、本質的な批判なのではないかと思います。
高倉教授の「新創価学会の提言」と、現在の創価学会池田カルト一派の行動を対比して、どちらが日蓮仏法を信じる人間にとっての相応しい組織のあり方かを、「純粋な」学会員に考えてもらうならば、その結果は一目瞭然だと思います。
今日、2月11日は建国記念日です。しかも、池田大作氏が永遠の指導者として宣揚している戸田城聖創価学会第2代会長の生誕112周年の日です。
わが国にとっても、また、創価学会にとっても大変意義がある日に、このような提言がなされたということは、まさに、時の符合ではないかと思います。
高倉教授のご健康とご活躍を心よりお祈り申し上げます。
この「新創価学会(案)」は
創価学会史を語る、後の歴史家達から、
教団の方向性を転換するきっかけとなった
「高倉私案」として語り継がれる事を期待します。
創価学会池田カルト一派の悪行、悪事を追求、指摘する一方でこのような「対案」を示されるやり方は
絶大な効果が期待出来ると思われます。
善良な会員さん達が、気づいてくれる事を
渇望します。
以前、現役の学会員さんらと「なぜ、学会員さんは
愛だとか平和だとか叫んでいる一方で人を激しく
罵倒した罵ったりするのですか?地域の連帯だと云いながら地元の方たちに迷惑かける事ばかりするのですか?」と質問した際に「天理教」の例を引き合いに出しました。「天理教さんの本部がある奈良県天理市では教団と地元は、それはそれは、とても
良好な関係を築いていて「てんりさん」とよばれ
非常に理想的な共生関係を保っているじゃないですか」と云ったとたんに、その方たちの「形相」が
一変しました。「天理教なんかと一緒にしないで!
私たちとは、やっている事が全然違うんだから!
私たちはね、こんな狭い日本なんて問題にしていないのよ!私たちは世界を相手にしているの。世界よ、世界、世界平和、地球規模だから!」
と「会話」にならなかった事を記憶しています。
この会話を思い出すたびに
私たち「もも(ら)」は思うのです。
創価学会は天理教のように良好な
「共生関係」を築く努力を怠って来たのだろうなぁ~と。
参考までに紹介させて頂きます。
「今年のご寄付はいくらくらいになるのでしょうか」
、と毎年1月になると天理市の財政担当者は天理教本部にお伺いを立てます。天理教さんからの毎年の寄付金は一般財源に組み込まれ歳入総額の5%に達します。金額が決まらないと予算が立てられないというのだからすごいことです。教団に云わせれば
年間200万人以上の参拝者が市外から教団本部に訪れる為、ゴミ処理や道路、上下水道整備が必要になる。教団施設の建設などて市と地元住民との良好な関係を保つ必要があるので巨額の寄付金は
応分の負担だと云うわけです。
(週刊ダイヤモンド 2009・9/12号より抜粋)
東京都新宿区信濃町に周辺は創価学会施設がひしめき合っています。地元住民との共生関係どころか
天下の公道を歩いているだけで「どこに行くのですか?」「何を撮っているのですか」「勝手に敷地内に入りましたね」等々、こちらがまるで私有地に勝手に紛れ込んだかのような対応のオンパレード。
私が知らないだけでしょうが、創価学会が新宿区に寄付金を出していると云う話しは聞いたことがありません。知っている方がいたら教え頂きたいです。
今回の提言が受け入れられるのならば
創価学会も、地域住民との良好な
「共生関係」を
築き上げる事が可能になると思います。
文責「もも(ら)」
追伸
シニフィエ様へ
「対話を求めて」のブログの荒れようは
目に余るものがあります。
今回の高倉様が提言した新創価学会(案)の冒頭の言葉がその全てを指摘されています。
シニフィエ様、高倉様と連絡を取られることを
お勧めいたします。高倉様は個別に連絡を取りたい方のためにアドレスを公表されています。そちらに
メールをされてはいかがでしょうか?もしくは希望様のHNで高倉様が、シニフィエ様のブログに投稿された際のアドレスにご連絡をされるとか。
中々勇気の必要な事ですが、例えば、本人確認の方法としては、シニフィエ様が高倉様のブログに投稿されたコメントの修正パスワードを記載して見ては
いかがでしょうか?もちろんご判断されるのはシニフィエ様ご自身です。このようなやり方が危ないと
お考えになるのならば確認の方法については
充分に「熟慮」されてください。
私たち「もも(ら)」の老婆心から来るものです。
スルーして頂いても結構です。
高倉様は、シニフィエ様からの連絡を
待っているはずです(と勝手に思っています)
シニフィエ様、まずは、そこから始めませんか?
普通裁判だけで頭がいっぱいになりそうなものですのに、高倉先生のお心の広さを感じます。
しかし少し気になるところがあります。
タイトルに書きましたが、池田氏の遺産を提言のようにするには公開する必要がありますが、それだけで学会は半分以上崩壊するのでは…。
そして私としては、そのような学会が残ることに対しては少し不安を感じます。
あのオウム真理教でさえまだ千人規模で残っているのですから、学会がこれからどのような道を辿ろうと消滅することはないのだろうとは思いますが…。
また、起業支援というところはそれを目的に、宗教に興味なく近づいてくる人間がいるのではないでしょうか。
今、学会で不正までとは行かなくとも問題を事実として捉えながらも自分の利益のために目を瞑っている人たちは、二極化すると思います。
(提言が実現されれば)これを機にまっとうな道に戻るか、より深く闇に潜るかです。
学会組織の中だけでなく、学会によって利益を得ている人や会社はたくさんいるわけですから、利益を手放したくない人たちは相当なアンダーグラウンドを形成することでしょう。
まあ、今現在もそういうアングラな人たちはたくさんいるんでしょうが、暴力団排除条例と一緒で、より巧妙に深い闇の中で、より濃密な蜜の味を覚えるのではないかと危惧します。
起業支援という形は、私は切り離したほうがいいのではと思います。
経済的なことが絡むと、理想だけでは絶対に律することはできません。
目的としては、社会貢献のためのボランティア活動などではだめなのでしょうか。
今までの派手な活動はできなくとも、できることまでを頑張ってやればそれはいずれ大きな輪となるのではと思います。
私の稚拙な頭で考えたことですので、高倉先生の意図するところを汲みきれていないのかとも思います。
こういった対案を発信することは大事なことだと思います。
もし学会が崩壊することになれば、大きな社会混乱を引き起こすでしょう。
その時、大勢の学会員さんの生きる目的を提示することにも繋がるのですから。
何せ思考停止している人たちの集団ですからね…。
変な言い方かもしれませんが、私はこと日本における宗教は「毒にも薬にもならない」のが一番ではないかと思っています。
創価学会のポテンシャル・パワーは勿体無いと考える人も多いでしょう。
しかし大きな力を持つということは、清濁併せ持つものにしかできません。
それは宗教ではなくていいと思うのです。
私自身、学会の最善の在りようを示すアイデアなどないので、言いっ放しで申し訳ありません。
けれど今回のようなことは、一般の人も広く意識して考えていってもらえたらなと思いましたので、高倉先生の発信を応援しています。
これは、広域暴力団にこれからは真っ当に
生きるように教え諭している様なものでしょうか。
先般の池田に対する身分照会同様、望み薄と私には思われますが、・・
ついでに、金で飼いならしたチンピラ、ゴロツキや洗脳した信者、はては女子供を使ってまでの組織をあげての集団ストーカー行為も
止めるように付け加えて頂ければ幸甚です。
高倉教授の具体的な提言を読むと創価学会の
現実、非信者の一般人(自分含む)が抱いてる
現実のイメージとのギャップがより感じられますね。
ヤクザをカネで使いヤクザが批判するようなヤクザ顔負けの宗教団体ですからね。
宗教法人/創価に課税、もしくは組織の解散
とにかくキチガイに刃物、創価にカネを
もたしてはいけないでしょう。
末端の信者たち/政界/マスコミ/警察
/各業界ならびに世間が甘やかしてきた
結果でもあるでしょうね。
アドバイスありがとうございます。
もも(ら)さんのほうから声をかけていただいて
ほんとうにホッとしています。
「対話を求めて」ではたいへんご迷惑をおかけしました。
返す言葉もない状態でした。申しわけありません。
私も高倉さまへ連絡をとりたいのですが、
現実的にかなりの危機感を感じることが起きています。
じつは私のメールが私より先に誰かに読まれている形跡があります。
単なる思い過ごしであればいいのですが、それでも
私の情報が誰かに突き止められている可能性があります。
ただいま別の連絡方法を考えています。
ここではこれ以上のことは控えさせていただきます。
高倉さまへは近日中に別の方法で連絡をとらせていただきます。
ありがとうございました。
高倉先生、どうかよろしくお願いします。
代わりに「里芋」が代筆します。
シニフィエ様へ
ご連絡ありがとうごさいます。
創価学会池田カルト一派の手先たちは何をするか
わからない連中です。くれぐれも用心なさってください。でも、一歩踏み出す時は思い切って踏み出してください。
「ももさん」の受け売りですがまたまた例え話を。
「蓮の花の話」です。蓮の花は最初は一輪だけが咲きます。そして二輪、三輪、四輪と増えていって
最後には池を埋め尽くすのです。一輪ずつの積み重ねが全体に通じます。だから、自ら一輪ずつ咲かせていく事が大事なんです。
永遠の少年の「ももさん」らしいたとえ話しです。yokoさんは見抜いていますね「ももさん」を。
そういう人なんです。
だから一緒にやれるんです(笑)
シイフィエ様が咲かせた一輪の蓮の花は必ず次の
蓮の花を咲かせます。必ず咲きます。気付いた時には自ら咲かせた蓮の花で池(田)がいっぱいになります。きっとそうなります。
「ももさん」は続けます。
創価学会池田カルト一派の崩壊は止まらない。
善良な学会員さんは、その純真さゆえに気がついていない、それはまさに大東亜戦争中に日本の勝利を
信じて疑わなかった真実を知らされていなかった
一部の将校、将兵たちと類似しているんだよ、と。
シニフィエ様、yokoさんの言葉を借りれば私たちは
「怪物(モンスター)」と闘っているのです。
変幻自在、魑魅魍魎な相手です。
たおす為にはあらゆるアイテム使いましょうよ。
希望(高倉様)様らと「共闘」で行きましょう。
「ももさん」はそれを望んでいます。
それでは、また。
「ももさん」の意のままに代筆した「里芋」
追伸
高倉様へ
「里芋(ら)」特製手作りバレンタインチョコレートを送ります。「うどん県(香川県)」
香川大学教育学部・高倉良一様で届きますか(笑)
クラッキングし情報を盗み出し先回りし
行動パターンなどを把握し人間関係を破壊
しようと工作、メール、通信の傍受など
やりますよ。創価は。
携帯も着信履歴/通話記録の盗み出しw
創価学会とNTTドコモ事件の関連性
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1337691503
携帯電話の会社/パソコンのプロバイダーは
よく選びましょう。
大手の会社には創価の息がかかっているようですね。
ユーザーの個人情報を守れない会社って
致命的。
身内である公明党議員とか創価タレントとかの通話記録とかも監視目的で盗み出されて
たりしてw
金の為創価を利用してるテレビ局の幹部
とかプロデューサーとかもw
新創価学会宣言!?
正直、びっくりしました。
希望様の闘争宣言がここに結びつくとは想いもしませんでした。
私自身はとても残念で仕方ありません。
創価学会問題はその事実を明らかにするものであり、希望様もそれに万進されてこられたものと賛同いたしました。
ですが、私には今回の宣言並びに、コメント欄での運営がキャッチボール的で先導性を感じざるえないものと映ります。
以前希望様にはブログの記事の引用で、大変お世話になりました。ですが、私は勝手ながら希望様のリンクを外させていただきました。希望様におかれましても私の「嫌創価流」のリンクを外していただきたくお願い申し上げます。
本来なら、メールでお知らせしなければならないところですが、私に共感してくださった方もこちらでコメントされています。私の意志もコメント欄で表示させていただきたく重ねてお願いいたします。
尊敬の念を持ってブログを拝見させていただいております。
創価学会批判のブログ、掲示板はたくさんありますが、実際創価学会がどうなればいいのかという意見は、ないわけではありませんが、多くはありません。
そもそも創価学会絶対悪という立場に立てば、創価学会の未来のありようなんかは問題外で、即消滅を求める、願うということに
なるでしょう。私は創価学会即消滅でもいいとは思っていますが、現実創価学会は存在してるわけで、たとえ池田氏が逝去しても、
分裂気味になっても、それなりに存在していくと思ってます。理由は、創価官僚の生活が崩壊すると自分自身が困る。創価学会員
にしても今までのアイデンテテイがいきなりなくなってしまうと、今後の自分の行動目的、存在目的がなくなってしまい、混乱してしてしまうと思います。
その両者の思いが共有され、それなりのところに落ち着くと思うからです。
車は急に止まれないということもありますから。
なので創価学会は軟着陸が必要かとも思います。
そこで高倉先生の今後の創価学会のありよう問題になるわけですが、これは池田氏自身が語った広宣流布の定義に立ち返ればいいと思うのです。
今となればこの定義が池田氏ご本人によるのか、創価官僚の書いたものかは解りません。内容は次のようなものです。
まぁ、高倉先生におかれましては釈迦に説法みたいなもので、とっくにご存知のこととは思いますが。
広宣流布の定義は池田名誉会長によると「総体革命」です。さらに訳すと「妙法の大地に展開する大文化運動」です。
それをさらに噛み砕くと、「妙法を大地にあたかも樹木が旺盛に繁殖するように政治、文化、教育もろもろに自由闊達に成育すること」です。
「妙法と文化運動は母と子の関係のようなものだ。いつしか子が母から独立するように、母にいつまでも依存してはいけない。
つまり、党にしても出版事業にしても、教育にしても、なんにしても妙法=創価学会に依存してはいけない。それぞれが自立した運動体にならなければいけない」
すばらしい提言と思います。特に芸術関係とか、創価の縛りがあればどういう芸術になってしまうのでしょうか。
共産主義等の一党独裁化における芸術のありようなんてナンセンスと思います。個人の信仰は信仰としても、それからは自分の感性の勝負であるべきと思います。
だがしかし今日の姿はどうでしょうか。公明党は常に創価学会員に依存してます。出版物はSPにしろ潮にしても民音にしても、ほとんど創価学会員に依存しております。
逆噴射状態です。本来ならば仏教基本にそれぞれが制約されず桜梅桃梨の人生を歩むべきというのが池田名誉会長の教えです。
現実の学会員は、あるときは、SP勧誘要員、またあるときは集票マシーン。そして真実の姿は功徳という名につられ、また、ほとんど意味のない世界広布のためにお金が必要
ということでの財務部員。
つまり子が独立するのではなく常に母(創価学会)に隷属する状態になってるわけです。現実は破綻してるといわざるを得ません。
なので池田提言のようになればいいのですがご本人(池田氏)が理解してないのか、その気がないのか(笑)ということになります。
そこに矛盾が生じ、何も考えない学会員は隷属する中で自分のアイデンテテイと考えてるし、受け入れない学会員は、非活になったり脱会したりすることになります。
創価学会に対して、直球勝負を挑むことも、中からでも、あるいは外からでも様々なアイデイァを出すことも、それが相反することではなく、単に方法論の問題であって
あい矛盾することではないと思います。いろんな立場でも手を結び合うことが大事ではないかと思います。
先鋭化する思想はどこまでも先鋭化していきます。なので、落としどころもあるのではないかと考えるのです。
今回は牧口会長の「最晩年」が描かれていて、胸つまらされるところが多いものであった。牧口氏は信仰の篤い方であったので、幸せな最後であったのではないかと、予想していたのだが・・・・・。
牧口氏は、昭和7年に教職を辞して、「創価教育学会」の指導と日蓮正宗への信仰生活での12年間の晩年を過ごすが、1943年(昭和18年)「神札」受け取り拒否の不敬罪で起訴・投獄されることとなった。
著者「佐野眞一氏」の記事から、昭和18年の投獄中の牧口氏の様子を下記に拾ってみる。
「 牧口氏の特高の尋問で次のようなやりとりがあった。牧口氏の宗教観がよく表われているので次にQ&Aで紹介しよう。
Q: 広宣流布とはいかなる意味か? A: 末法の時代、いわゆる現世の如き汚濁の時代にその汚濁思想を「南無法蓮華経」の真理によって浄化することであります。
Q: 王仏冥合とは? A: 陛下も国民も一人残らず日蓮正宗のご本尊に帰依することであります。
Q: 法華経の信仰をすれば無病息災の生活ができるのか? A: この信仰をすれば、病気の毒素など忽ち滅失して健康体になり、幸福な生活ができます。・・・と。」
これまで、牧口氏の人生について詳しく調べたことが無かったので、末法思想を背景にした、神秘主義、奇跡主義、現世功徳主義、権威主義を強く感じさせられ、私は、教育実践者・研究者としての姿を牧口氏から想像することができなかった。あれほど教育に熱情と理想を注いでいた牧口氏が、何故こんなことを本気で考えていたのか?・・・と。
何故、牧口氏は排他的・独善的な信仰、神秘主義的信仰に吸い込まれていったのか不思議である。貧困の中に苦しむ親たち、飢えと寒さに震える子供たちを前にした時、昭和初期の社会の厳しさが如何に極限状態であったにしても、これに対峙して教条的・観念的世界に身を置くことで解決できるような安易な問題でない、と考えるのが教育者としての本道であるように私には思えるのだが・・・・。
子供たちの姿の背後には悲喜こもごもな家庭生活があり、それぞれの生活を背負った子供たちの顔がある。そして、それぞれの顔を目の前にする時、教師は子供に柔軟な思考力と豊かな感性を培って一人一人の個性を伸ばし、予想される厳しい社会を自律的に乗り越えられる人間形成を目指すことを天職とするものであろうに・・・。教師自らが教条主義・権威主義の世界にのめり込んでしまうとは・・・。
それにしても、昭和4年、牧口氏といえども宗教にはまつてしまうほどの苦悩があったようである。大正13年に次男(23歳)、昭和3年に四男(19歳)、昭和4年に長男(30歳)、8人の子供のうち計3名、正宗入信前に次々と亡くしている。その後、昭和7年四女(13歳)までも亡くなっている。こうしたうち続く悲しみの中で、昭和18年牧口氏自らが投獄されるという、新興の世界に入っても無病息災どころか、自らの家庭を支えるすべさえも失ってしまうことになっている。信仰の下の奇跡・功徳は無かったのであろうか・・・?
また、著者「佐野氏」は、昭和18年、息子「洋三」への獄中からの牧口氏の手紙を紹介している。
「・・・、≪ 洋三よ、昔の病弱の身体を以って、1年半も大陸の寒暑に無病息災でご奉公が勤まろうとは。ご本尊を身につけていないと、怪我をする。必ず、陛下に捧げた身体を遠大な目的を以って大切にする事。・・・・。≫ と。」
この手紙には戦争への恨み、反戦の思いもなく、唯ひたすら陛下の・お国のために身命を捧げることと、息子の安全を祈願するばかりである。決して、牧口氏は反権力思想、反戦運動家を感じさせるところはない。日蓮正宗の教義に忠実な余り、国家神道への服従を拒否したに過ぎない。まして、天皇制ファシズムや大陸侵略への批判者ではないことは明白である。
戦時中、共産主義者だけでなく、社会主義者、自由主義思想家、リベラルな作家・芸術家、宗教団体までも権力によって弾圧され、学者や政治家など多くの人たちが命を失っている。その中にあって、牧口氏が戦後「創価学会」によって反戦平和主義者に仕立て上げられるという根拠はどこにもないのである。歴史は、修正することも捏造することもできないと知るべきである。
その時々の生活を誠実に生きるということと、歴史の真実を求めて生きるということとは同じではない、と痛感する限りである。
< 参考資料>( 戦前・戦中期日本の言論弾圧史)
牧口氏は、1905年 北海道から39歳で上京。1910年 大逆事件。 1923年 関東大震災、朝鮮人襲撃事件。1925年 治安維持法公布。 1926年 全国水平社幹部逮捕。 1928年 社会主義者逮捕1568名、 ぜんこくに特高と思想検事を配置。 1930年 浜口首相狙撃。 1931年満州事変。 1932年5.15事件犬養首相暗殺。 1933年 作家小林多喜二拷問死、共産党野呂栄太郎獄死。 1935年 天皇機関説美濃部議員辞職。 1936年 大本教幹部逮捕、共産党一斉検挙、ひとのみち教団弾圧、2.26事件大蔵大臣殺害。 1937年 日中戦争勃発、東京帝大教授矢内原忠雄辞職。 1938年 東京帝大美濃部、河合教授ら自由主義思想の弾圧。 1940年 作文教育の教師300名検挙。1941年 太平洋戦争始まる。
それにしても、昭和3年、三谷素啓という日蓮正宗の狂信的人物に出会うことがなかったら、牧口氏は戦中を違った生き方ができていたのではないだろうか。又、戦後もしばらくは生きて、「創価学会」を現在の姿とは違った方向へ、真の教育を創造する方向へと展開していったのではなかろうかと、虚しい思いを持つのは私だけでしょうか・・・?
『 人間が宗教を作るのであって、宗教が人間を 作るのではない 』
『政治の過剰は、政治的思考の充実を示すもので はなく、政治哲学の貧困を語るものである 』
『独断家はしばしば敗北主義者、知性の敗北主義 者である。彼は外に表われる程強くはない 』
< 三木清 名言集より 1945年再逮捕され獄死>
長くなるので後日に後半を紹介したいと思います。
今池田氏の健康上の問題から過渡期に来ているのは間違いないです。
これは北朝鮮の問題とある意味似ているのかもしれません。
信じる道を突き進んでください。応援します。少数派の意見を変えさせるのではなく、議論し、反映させて行くことが政治でも宗教でも仕事でも、地域でも大切な時代に来ていると考えます。いかがでしょうか?
昭和19年に三男「洋三」が38才で戦病死するまで、投獄された牧口氏は、嫁・貞子へ手紙を度々届け、その中で娘三人へ対する思いも綴っている、と著者の佐野氏は次のように紹介している。
「 この日の手紙もそうだが、牧口の三人の娘の嫁ぎ先が、牧口の留守宅を見舞わず、牧口に手紙さえ寄こさないことに不満をもらしている。牧口の手紙に、≪ 三人の娘たちはどうしているか、時々は見舞うか、否か。何度聞いてやっても返事がない ≫・・・・と。」
「 実の娘に冷たくされ、男で唯一残った三男の嫁だけに優しくされる。貞子への感謝が籠った手紙には、その分、逆に実の娘に背かれた牧口の無念さが感じられる。その後、牧口は最後の獄中書簡に三男「洋三」が38才で戦病死したことを記している。
≪ 10月5日付け、「洋三」戦病死の御文を拝見。ビックリしたよ。ガッカリしたよ。貞子よ、お前がしっかりしてくれているので、誠に頼もしいよ。実の子より可愛いことがしみじみと感ぜられる。ついては、この際ゆえ、近親だけに通知してくれ。君国の為の戦死だけ名誉と諦め、ただ冥福を祈る信仰が一番ですよ ≫・・・と。」
「牧口はこの手紙を書いてから急に体力が衰えた。洋三の戦死がよほどショックだったのだろう。しかし、三人の娘は、他家に嫁いだまま、牧口の留守宅を見舞うこともなく、牧口に手紙を寄こすこともなかった。家族からの手紙を唯一の喜びとしていた牧口にとって、娘たちの態度はどんなに寂しかったことだったか。」
「 昭和19年11月18日午前6時過ぎ、栄養失調のため牧口氏は73歳の生涯を閉じた。牧口の枕の下には、嫁の貞子から寄せられた1年4か月余りの手紙が、きちんと日付順に折り畳まれていたという。」
他家に嫁いでいたとはいえ、投獄された父・常三郎を決して尋ねることがなかった三人の娘、その胸深くには何があったのか? 恵まれない児童を励まし続け、教職を天職として情熱を燃やした勤勉実直な「常三郎」、その後ろ姿を見て育ってきた娘たちは父親を深く尊敬していたに違いないが、それがなぜ、娘たちは晩年の父に背をむけるようになったのだろうか・・・?
昭和初期の社会が暗く厳しい時代であっただけに、嫁ぎ先がどんな状況であろうとも、せめて親子の絆だけはいつまでも温かいもの、心の支えとなるものであって欲しいと、親子共々願っていたに違いないが、にもかかわらず、父親を敬遠し背を向けるようになった娘三人の心には、暗く重いものがあったのであろう。
著者の佐野氏が云うには、「 娘たちに強い信仰を求め続けた牧口の態度が、皮肉にも娘たちを牧口から敬遠させる結果になった。それが宗教者の辿らなければならない宿命だとはいえ、余りにも寂しい晩年だった 」・・・と。
娘たちから親子の縁を切られるという悲惨な人生を招いたのは、他でもない牧口自身なのだということを、牧口本人は理解できなかったのではないだろうか?
大正13年から昭和4年にかけ、三人の息子を次々に亡くしただけに、「日蓮正宗」への帰依は心の大きな支えであったのだろう。しかし、他家へ嫁いだ娘たちまで信仰を強く求め続けたことが、娘三人とその家族に背を向けられてしまう原因であるとは考えることができなかった、それほどまでに、牧口の信仰は狂信的なものになっていた、と私は読み取らざるをえないのである。
明治・大正・昭和の三時代、天職とした教職を自ら励まし続けて生きてきた一人の男・牧口は、どこで、どのような最期を迎えるかは大した問題ではないと考えていたのだろうか? なんとしても生き延び、家族との絆も回復し、自ら手掛けてきた「創価教育学会」の理想を後継者の育成によって実現したいとは、夢見なかったのだろうか・・・?
これらのことから、激しい情念で生きた一人の男を推し測る時、牧口氏は「創価教育学会」に何を期待し、どのように時代の展開を図ろうとしていたのか。戸田氏によって引き継がれた「創価教育学会」は、牧口氏の期待どおりのものとして展開されたのか、又、牧口氏が後継者に期待しのは、現在のようなトップやリーダーの姿であったのだろうか、深く考えねばならないところである。
戦時抑圧的な悲惨な社会状況がゆえに、教育実践を通じて温められ、創造された牧口氏の「価値論」、『 利・善・美 』が、現在の創価学会のように、歪められた「現世ご利益」( 選挙運動・票取り、新聞・書籍・チケットのノルマ、等々)として利用されようとは、獄中の牧口氏は想像だにしなかっただろう。
それにしても、牧口氏は、日蓮正宗・創価学会に不幸を呼び込むことにつながる「足がかり」を、図らずも設定してしまった、と考えるのは私一人だろうか?
「化城の人」シリーズ4回目には、昭和初期、清貧に甘んじて教育に情熱を注ぎ、「利・善・美」を求める牧口氏の姿が描かれる一方、池田氏の「金銭欲・名誉欲・権力欲」、学会全体の「拝金主義」と「幹部の堕落」を嘆き憤る、高山登久太郎氏(暴力団・会津の小鉄会長)の姿が描かれていたことを、今一度思い返したい。
「もも(ら)」です。
貴殿ブログ「嫌創価流」へは、コメントした事は
ありませんが、日常的に訪問、拝見させて頂いております。
さて、今回の高倉様宛てのコメント、とても残念に
思います。今一度、高倉様のお気持ちを
お察し戴ければと思います。
私達が「共闘」と云う言葉を使用した事で誤解を
招いたのならばお詫びいたします。
申し訳ございませんでした。
安易な呼びかけは、今後は慎みます。
「究極の悪」を打倒するために「無限の悪」に
なろうと決意した高倉様の心情に、想いを馳せて頂ければ、高倉私案「新創価学会(案)」が「単純」なものではないと察して頂けれるのではないかと存じます。
瑣末な身でありながら些か生意気な事を申し上げました。
コオロギ丸様、今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。
文責「もも(ら)」
追伸
シニフィエ様へ
ブログを拝見しました。「愉快、痛快」とはまさにこのことです(笑)
思わず「爆笑」してしまいました。
シニフィエ様の「心意気」に感動しました。
「奮闘努力」のシニフィエ様を、
末永く応援させて頂きます。
ご迷惑だったら云って下さい。
「ポチッ」、と即、消えますゆえ(笑)
でも私は、現実には無理でしょうが・出来ればこの組織は解体したほうがいいと思います。
少なくとも「宗教法人」の認可は取り消すべきだと思います。
創価学会は宗教を利用した池田氏の独裁国家です。
彼の金欲・名誉欲・権力欲を叶えるための組織です。
それは様々な特典のある「宗教法人」だからこそ出来たことです。
すでに巨大組織となった創価組織には、その周囲や水面下に個人・団体を問わず、メディアを問わず、利権を欲しがる輩が絡み合っています。
巨大組織だけに消えてなくなることはないと思いますが、何らかの形で維持される限り欲と利権欲しさの輩が絡み、また新たな社会悪が生まれると思います。
創価学会の資産や池田氏の遺産、莫大な額でしょうね。
どれだけ多くの困ってる人たちを救えることでしょうか。
100%「あしなが基金」的な組織にして、多くの人たちを救ってあげたいものです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
幹部から絶対に言うなと言われたが、今未活になったから書いちゃおっと。
三年前、本幹に参加しました。牧口記念会館で。
創大生、アメリカ創大生、壮年部が先生の前で歌を歌う機会で。
創大生は「学生歌」、アメリカ創大学生は「The path of peace(だっけ?)」、壮年部は「滝の歌」を披露。
自分はそのどれかの代表してました。
その会合のときの先生の言動
「悪い幹部は叩きださなきゃだめだ」
「秋谷てめーのことだよ」
「学会をメチャメチャにしやがって」
「その通りだと思う人?」
挙手を求めるも、俺含め会場内混乱
「おい原田、その通りか?」
原田「その通りです」
「正木、正しいか?」
正木「はい、その通りです」
秋谷元会長の公開処刑はすごかった。
言動は大袈裟に書いてないです。
参加したことある人ならわかると思うが、まじで上記の言動。
末端の学会員は、編集されたビデオを見るから、そんなことを知るよしもない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
↑
元会長・秋谷氏の脱会情報が流れていますよね。
その中のコメントの一つです。
以前は私もよく同時中継に行ってました。
会員には無難な光景しか見せませんが、それでも池田氏の横柄な態度は異常でした。
周囲の幹部たちも池田氏には平身低頭で、ピリピリしてました。
池田氏へは尊敬などではなく、「恐怖」という感じでした。
最後に題目三唱とかをよくしてましたが、みんな正座なのに、池田氏だけは特注のバカでかい椅子に座っていました。
あれだけ肥えてるから正座もむつかしいのかもしれませんが、ご本尊の前ではみんな平等なのに、俺だけは特別だ!という雰囲気で嫌な感じでした。
本幹に行ったという方のコメント。
本当だと思います。
秋谷氏の脱会情報は誰かが意図的に流したのかもしれないし、定かではありません。
実際、創価の次期トップの座を狙って最高幹部たちがさかんに暗躍してる・・・そんな情報も飛び交っていますし、その中の誰かが流したのかもしれません。
実際、命懸けで池田氏と創価学会を守り支えてきた竹入氏が脱会し、同じように支えてきた矢野氏も去りました。
さらには二億円近い現金が入った金庫が捨てられてた事件で、今で言えば五億近い価値だそうですが・「自分の個人的なお金です」と名乗り出た当時・聖教新聞社の専務理事の中西氏。
「創価学会の金庫番」と呼ばれ、池田氏の側近だった方ですが、彼もまた脱会しましたよね。
そう言えば、歴代の亡くなった会長の家族はみなさん脱会されてるとか。。。
確かに戸田氏の家族の方々や北条氏の家族の方々、全くというほどお話を聞きませんね。
池田氏はその人たちを、ちゃんと守ってあげてきたのでしょうか?
幾つかの学会の実態を暴いた本、私も読みましたが、池田大作は自分に尽くしてくれた人を守るどこか、その真逆で使い捨ての道具としてしか見ない・・・と赤裸々に書かれていました。
しかし、末端の会員さんたちは相変わらず利用されてるだけです。
組織幹部から見れば、そういう会員さんは自分たちが贅沢三昧な暮らしを維持するための「金づる」です。
庶民のつつましい生活をしてる会員さん・人が良くて池田カルトに見事に騙され利用される会員さん・その人たちは職員幹部たちには「美味しい奴隷たち」なのです。
なので毎日、あいも変わらず機関紙に美辞麗句を並べ立てて、いいように利用しています。
ちょっと距離をおいて冷静に見ると、そのことがよくわかります。
とても哀れです。
そして、その家族にとってはとても迷惑です。
衣食住よりも、先ず学会活動を優先させるのですから生活上に何らかの支障は必ず起きてきます。
創価学会は解体しかない!
現実には無理でしょうが、でもやはりそう思います。
先日からご迷惑のかけっぱなして申し訳ありませんでした。
私のブログ「対話を求めて」は再開へ向けていろいろと試行錯誤をはじめました。再開までにはもうしばらくかかると思いますが、どうか暖かく見守っていただければと思います。
wiseさま
アドバイスありがとうございます。気をつけるに越したことはないと思っています。
もも(ら)さま
ご理解いただきありがとうございます。
どうもこれまでの私のキャラが、大学でたての純粋な中学校教員みたいな、心優しい世間知らずのように思われてきた感があり、このような自分でつくってきた「縛り」を解くところから始めようと思いました。「バカのふりして優しくしてりゃいい気になりやがって」みたいなところでしょうか(笑)。私もそこそこいい歳こいてますので、そのへんの若造とは違うキャラでやっていきたいと思っております。ですから今後はもも(ら)さんも、気にせずにコメントできる場所になると思いますので、よろしくお願いします。ただ「対話を求めて」の通常営業はもうしばらくしてからということになりそうです。どうかよろしくお願いします。
これからも応援していいます。
とても素晴らしいと思いました。
十善戒のところでは、少し笑ってしまいました。。
何故なら、わたしが創価にいた頃の組織の身近な婦人部は、みんなこれを犯していましたから。。
信仰の団体でありながら、組織の中は人間臭い醜い争いごとや問題ばかりで。。
はあ~思い出しただけでもため息が出ます。
ほんとうに脱出できて良かった~と思います。。
NPOなどになったらいいですね。。
ダイレクトに社会のための地道な活動に徹するのです。。
売名のための聖教新聞の啓蒙もナッシング、多部数購読も必要なくなり、その分家計も潤い、週イチで家族で外食、子どもたちを連れて家族旅行も少しは贅沢に遠方へ。。
無理な選挙屋にならなくて済むし。。
イヤだな~選挙、なんて思いつつも、いつのまにやら煽られて自費での選挙活動に走っている自分。。そして友だちは気がついたら誰もいなくて学会員だけ。。みたいな悲しい現実ともオサラバ。。
財務もなくなったら、お父ちゃんやお母ちゃんが稼いだ分は全部家族みんなが使えるお金。。なんですよ。。
海外旅行だって行けちゃうよ。。
子どもたちにだって教育費を掛けられるよ。。
子どもに惨めな想いはさせないでしょう。。
勧誘のノルマがなくなったら、世間から後ろ指さされることもなくなり、何より子どもたちが学校や地域で虐められなくて済むようになる。。
(知ってましたか?学会員の子どもというだけで虐められていた現実があることを?)
また、学会がある為に起こっていたブラックな事件や人が抹殺されることもなくなる。。
バンザ~イ!!
高倉さまの提言の、ほんの端っこが変わっただけでも、こんなに良いことがふえる=社会が変わる=平和が訪れる。。
*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*
いえいえ、この提言は、もっと深いところまで切り込んでいます。。
素晴らしいと思いました。
ただ、アクの強い欲深い学会の方々が認められるでしょうか?
そこだけが問題です。。
あと、私が騙されて払った「100年に一度の財務」も返してもらえたら完璧なのですが・・・・。
まあ、無理でしょうね。
その人物とは、第4代経団連会長に就任。以後、2期6年にわたって財界総理として第一次石油ショック後の日本経済の安定化や企業の政治献金の改善などに尽力した。一方で日本経済の一層の自由化と国際化をはかり、積極的に海外ミッションを組んで各国に渡航した。そう、土光敏夫氏です。
彼は981年(昭和56年)に第二次臨時行政調査会長に就任。就任に当たっては、
1.首相は臨調答申を必ず実行するとの決意に基づき行政改革を断行すること。
2.増税によらない財政再建の実現。
3.各地方自治体を含む中央・地方を通じての行革推進
4.3K(コメ、国鉄、健康保険)赤字の解消、特殊法人の整理・民営化、官業の民業圧迫排除など民間活力を最大限に生かすこと。
の四箇条の申し入れを行い実現を条件としたそうで、いままでの政治は30年程前の土光さんの教訓を全く実践できていない、ことを痛感させられますね。
その土光さんの生活ぶりはメザシの土光で知られているように、質素で、普段の生活として、
・戦後一回も床屋へ行ったことがなく、自宅で息子にやってもらう。
・穴とつぎはぎだらけの帽子。
・戦前から50年以上使用しているブラシ。
・妻に「汚いから捨てたらどう?」と言われた使い古しの歯磨き用コップ。
・農作業用のズボンのベルト代わりに使えなくなったネクタイ。
・妻と2人きりでとる夕食で、メニューはメザシに菜っ葉・味噌汁と軟らかく炊いた玄米。
・政治家が冬の寒い日に土光さんの家に相談に行ったところ、暖房がなかった。
・経団連会長になってからも通勤には公共のバス電車を利用していた。
(疑獄事件で土光の捜査を担当した検事によれば、初聴取のため早朝土光宅を訪ね夫人に敏夫の所在を確認したところ、もう出社したという。こんな朝早くにといぶかしむと、「今でたところなのでバス停にいるはずです。呼んできましょうか?」とのこと。すぐさまバス停に向かうと果たして敏夫はバス停でバスを待っていた。この時に検事は彼の無罪を確信したと後に述べている。)
土光さんと同じ日蓮の教えを実践されているはずの宗教家大先生の、幹部会での言動 が世界の勲章のコレクターにしてはお粗末過ぎさ、に驚嘆です。kanさんの実体験より、池田大作のたまわく、
「悪い幹部は叩きださなきゃだめだ」 「秋谷てめーのことだよ」 「学会をメチャメチャにしやがって」
「その通りだと思う人?」
挙手を求めるも、俺含め会場内混乱
「おい原田、その通りか?」 原田「その通りです」
「正木、正しいか?」 正木「はい、その通りです」
秋谷元会長の公開処刑はすごかった。 言動は大袈裟に書いてないです。参加したことある人ならわかると思うが、まじで上記の言動。
以上のkanさんの記述は、いや!本当に驚きです!!
日蓮の教えを実行している立派な人とは、土光さんみたいな人をいうのであって、池田氏みたいに勲章をたくさんもらって、喜んでいる拝金主義者ではないのですよ、ねえ、やくざ言葉が板についた池田大作大先生!!
高倉氏の提案に沿って、池田氏の遺産を震災復興のための財団に寄付したら、現世での様々な悪行を浄化する功徳として、仏様からあの世でお許しがでる可能性があるかも!!それだけしても、あくまでも可能性で,保証はできませんが。
高倉氏の新創価学会案に賛成反対,様々あるようですが、無宗教家の部外者としては、創価学会の創価の価が仏の有り難さの価値でなく、お金の価値に見えてしまうんですよね。お金をむしりとって、壮大な学会を作り出していく、そういう団体。そうすると,新生創価学会は、価値の意味を本来の意味だよ、と伝える意味で、全く違う名称、例えば、正真日蓮会。創価を使うのであれば,創価真正会などと名乗ったら、いかが。そうすることによって、創価学会の会員で、創価学会の実態を知らない人たちに、「あれ、創価学会の中に変な名前の会があるけど、あれ何?」となったらいいな。
高倉氏の提案をさらに検討したいなと思いますが、今日はこれまで、あまりにも池田氏の実態に驚いたので、その感想と言うことで、長々失礼しました。
昔、学会員であった事が赤面する位、恥ずかしいです。
高倉氏の新創価学会案に対しては、正直分からないです。
皆様の意見にも賛成反対,色々あるようですから私でも分からないのは当然かも?と救われるのですが、それだけ対応が難しいのでしょうねえ。
学会員も色々な人が居てますので、うーんどうしたものか?と考え込んでしまいます。
「和解」をしたと云う・・・
「手打ち」だと云う・・・
やはり「あの方」の云う通りだった・・・
「矢野さんには心を許すな、信じるな」
矢野さん・・・
あなたは今後どうするつもりなのですか?
「ある方」に聞きましたよ
あなたも、このブログを見ている事を・・・
これ以上、周囲を巻き込まないでくださいね・・・
ここ数日の「静けさ」の理由が納得できましたよ、
携帯に電話しても出ない、メールも留守電も
完全無視・・・こんな時は必ず何か「大きな」
動きがあるんだ・・・
経験から解るんだ・・・
散々、騒いでおいて
「和解」は無いでしょう・・・
とりあえず素直に煽っておいて
今後の展開を静観しましょう・・・
我々「もも(ら)」は
瑣末な身なれど、
高倉様の掲げた「希望」の旗印の下に
集う者としての「誇り」を胸に
闘い続けます。
闘いのゴールは
目の前に見えて来ました。
文責「もも(ら)」
ダイサクに恩があるなんて、著作で書いていたから情が勝ったのでは?
矢野氏を応援してダイサクに社会的制裁を望む我々としては、はなはだ残念ではある。
コメント、ありがとうございました。現在、個別に御礼を申し上げる精神的な余裕がありません。そこで、簡単な御礼とさせて頂きます。
「新創価学会(案)」には、様々な目的と意味が込められています。
しかし、現在の時点で、その詳細を明らかにすることはできません。ご理解の程、何卒よろしくお願い申し上げます。
なお、シニフィエ様におかれてましては、どのような方法でも結構ですので、早急にご連絡頂ければ幸いです。
若き日に創価の継承を蹴った五井野さんの
話しはとてもリアルでした。
東大、官僚、公安,各省、特に厚生省、に創価が
繁殖してしまっているのはご存知と思います
これにもアシュケナージュ系ユダヤ人が
深く糸を引いているそうですが、
その不動に見える創価東京支配図に大きな
苦しみがひたひたと静かにやってきてしまっているそうです。
放射能の影響とともに富士山噴火確率70%と
ともに、創価エリート(?)の財産不動産の
価値が、大手創価企業の赤字(当然ですが)とともに
まるで冬将軍のように暗闇とともに音もなく
やってきてしまいました。
ただし東京在住の方は生き方をもう一度正
五井野GOPやEMなどの放射能から身を守る術を
震災、噴火や原発を含む危機感は必要
今一度、江戸庶民の法華経文化を
自然と調和した浮世絵に残る日本のピュアな
すがたを愛でつつ、
ちなみに五井野さんはチェルノブイリ事故の時
ヨーロッパのアカデミーと共に癌を自然薬で
常識医療の10倍の効き目で快復させた功績が
称えられロシアアカデミー名誉賞を受賞しています
が、日本では創価に完全に封印され
ソンテジャクちゃんが金でロシアから賞を買ったのは、なんかジョーダンみたいな本当の話。
まーもしソンテジャクちゃんやブッシュちゃんが
地上に貢献したことがあるなら、
世界支配を試みるやつって、ちょっと馬鹿?
と、ヒトラーみたいな完全恐怖から
ちっとも怖くねー、ケロロ軍曹のようだと呆れて
あっさり支持者が減り、自分たちでシッカリせねば
と自覚をもたせてくれたことかも、などと
自分勝手なことをゆってますが、
私の私語ですが東京に不動産など東京でヤマを張ろう、という方は一度瞑想でもして考えを改める
時期をずらす、など今はやめてください。
5年後にでも、
今年中にも放射能の影響が明らかになってしまうそうです、
東京の不動産価値は日々落ちているようです。
目覚めてる皆さんにすべては架かってます
ごきげんよう
10 | 2024/11 | 12 |
S | M | T | W | T | F | S |
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1 | 2 | |||||
4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | |
10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 |
24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |
大学と各種の専門学校で、法律学、哲学、社会学、家族社会学、家族福祉論、初等社会、公民授業研究、論理的思考などの科目を担当しています。
KJ法、マインド・マップ、ロールプレイングなどの技法を取り入れ、映画なども教材として活用しながら、学生と教員が相互に学び合うという参画型の授業を実践しています。現在の研究テーマの中心は、法教育です。
私は命ある限り、人間を不幸にする悪と闘い抜く覚悟です。111歳までは、仕事をしようと決意しています。