昨日に続いて、京都乃鬼新聞に「「妙法の万葉集」(友岡雅弥氏の証言編)として掲載された記事をご紹介致します。
この記事の中の「※印」は、京都乃鬼新聞社が補足説明として記入されたものです。
この記事には、関係者が実名で記載されています。
しかしながら、ブログ「白バラ通信パンドラの箱」では、創価学会名誉会長池田大作氏以外の人物は、全員匿名とさせて頂きます。
記
「妙法の万葉集」(友岡雅弥氏の証言編)第8回(※印は弊社解説)
その後2001年、9.11 を受けてアフガンへの空爆、2003年にイラク戦争が始まった事を覚えていると思いますが、あのとき自衛隊を行かせるかどうかの議論もあったんですよ。
(※アメリカのブッシュ政権による2001年9.11を受けてのアフガニスタン空爆は、創価学会にとっても大きな転機だった。)
(※その以前に1991年の湾岸戦争での多国籍軍進攻に際し、池田先生はアイトマートフ氏らとともに反戦アピールを発表した。)
(※これがアメリカの一部勢力の反感を買い、1987年に創価大学のロサンゼルス分校(カラバサス)を設立したが、アメリカのユダヤコミュニティの圧力によって閉鎖)
(※本来はカラバサス周辺の土地を買収拡張し、ロス分校をアメリカ創価大学にする計画だったが、ロス分校はオレンジ郡への移転を余儀なくされ、その後そこにアメリカ創価大学を建設しなければならない経緯があった。)
(※アフガニスタン空爆《2001年10月》を支持をした●●執行部は、この時の事が大きなイメージとして残っていたのであろう、彼らは池田先生の平和主義・理想主義を時代遅れと見なしており、初めから完全な主戦派であったのだ。)
(※だからこのままでは、アメリカ創価大学【開学は2001年5月3日、第一回入学は8月24日。9.11 の直前だった。】さえも潰されかねないと●●会長が池田先生に進言する事になる)
(※それで当時●●首相時の連立内閣の一員である公明党は、アメリカ支持を打ち出し、米軍のアフガニスタン空爆を最大限に支持する方針となる)
(その後のイラク戦争の時も、公明党の●●幹事長は「イラクにはスプーン一杯で約二百万人分の殺傷能力がある炭疽(そ)菌が約一万㍑ある」などと繰り返し言っていたし、●●●●代表は「イラク問題の本質」は、イラクに大量破壊兵器が「保有」されていることだと断言。)
(※それに加えてイラク戦争開戦直後には、「(イラクの)大量破壊兵器は世界の脅威」と大書した公明新聞号外まで配布した。)
(※しかし、こう言う大量破壊兵器はイラクにはなかったのであるが、これが判明した後も、そして今に至るまで公明党として公式に謝罪もせず、だれも責任を取っていない。)
つづく
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記
「妙法の万葉集」(友岡雅弥氏の証言編)第7回(※印は弊社解説)
1999年から2000年にかけて大きな大変に大きな変化が起こったんです。
それは何かというと、1999年10月の第一次自自公連立政権ですね。
実は長年に渡って自民党は巧妙に創価学会及び公明党を取り込もうとする策略が模索されていたのです。
さかのぼると、まず宗教法人法の改正(※自社さ政権時代の●●内閣、1995年12月)で創価学会が揺さぶられた。
(※後に自民党の●●●●幹事長は語る)
(※●●が自公連立政権作りを成し遂げた後、有力支持者の一人が「どうやって学会・公明党とのパイプをつくったんですか?」と●●に聞いた。
すると●●はこう答えたという。「叩きに叩いたら、向こうからすり寄ってきたんや」)
(※「叩く」とはどう言うことかと言えば、実は「●●は恐い」と言っていた●●会長は、1995年12月に宗教法人法改正法案の件で国会に参考人招致されたが、後ろから見ていた公明党女性議員が●●会長の足がブルブル震えていたのを見ていた)(鬼笑)
(※先生は戦おうとしていたが、●●会長が権力にすり寄った象徴的な瞬間である)
当時、●●●●●が四月会の件で学会に謝ってきたというのは表面上のことで、実は学会が自民党の集票マシーンになるのを条件に追及を止めさせた。それで自公連立が成立したんですよ。
(※背景:1995年より自民党の機関紙自由新報に「シリーズ新進党=創価学会ウオッチング」を掲載。池田先生個人に対して執拗にネガティブキャンペーンを開始。)
(※1998年衆議院選挙で自社さ政権のうち社会党が惨敗(63議席から15議席)したので、●●●●●首相は社会党の代わりに本格的に公明党との連立にシフトする。その為に自民党幹部や総裁が謝罪したが、実は信平レイプ事件についてのみ謝罪。)
(※その後、1998年、参議院議員選挙大敗で責任を取った形で●●●●●首相が辞任する。)
(※次に第一次●内閣が誕生するが、まだ状況が整なわず、1999年の第二次●●内閣時で第一次自自公連立政権となる)
つづく
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この記事には、関係者が実名で記載されています。
しかしながら、ブログ「白バラ通信パンドラの箱」では、創価学会名誉会長池田大作氏以外の人物は、全員匿名とさせて頂きます。
記
「妙法の万葉集」(友岡雅弥氏の証言編)第6回(※印は弊社解説)
僕(※友岡雅弥)がこういう状態(※うつ病、呂律が回らないなどの症状)になったのは、一昨年(※2016年)の10月ぐらいからかな、ライフワークとしていたボランティア活動を聖教新聞の記者として相応しくない!などと職場で言われ続け、本部からも何度も査問され続けられたから。
本当は医者からは即「もう仕事に行くな」と言われた。
でも、僕の手元にダンボールひと箱分の、その頃の資料があったんです。
先生の直筆の直しとかが入ったやつで、それを全部電子化したんです。3か月かかって。
(※この資料は某場所で保管されている)(鬼笑)
その間にも何度も信濃町の本部に呼び出されたが、最後にその3か月前の診断書を出して、翌日(2017年1月)から辞めたんです。
向こうは(※創価学会執行部)僕を懲戒免職にしようと考えていた。
だがその診断書で、振り上げたこぶしの下げどころを失った。結局、役職解任だけになった。
●●(※関西長)は、僕のことを皆に「あいつは裏切った、極悪人だと言え!」と触れ回った。
僕はといえば、自分の組織で、一昨年(※2016年)の1月13日から10月10日まで、すべての出張を日帰りにして、地区内の一部員として家庭訪問をした。一日も欠かさずね。
自分から地区内の寝たきりの半身不随のおじいちゃんの尿処理やおむつ替えをした。
これをした事でまた怒られた。「あいつは活動家をつくれない奴だ」と。
でも僕にとって創価学会は、活動家をつくるものじゃなくて、こうした部員さんたちの中で、困った人を助けに行くことが家庭訪問と考えている。
ところが上は「お前は家庭訪問を何だと思っているんだ!活動家をつくってないじゃないか!」と。でも私は何とも思わなかった。
幸せな人を作るのが家庭訪問だと確信していたから、いくら言われても平気だった。ま、そういう事で批判する人が多いんですよ。
このように批判するトップが●●●●●(※創価学会理事長)なんです。
ある意味で彼が一番の悪です。
先生の所に入れるべき大事なちゃんとした情報を全部シャットアウトしているから。
(※●●●●●氏は、究極のイエスマンだと専らの評判。)
(※池田先生に「右か」と聞かれれば、「その通りでございます。先生のおっしゃられる通り、右しかありません」と答える。)
(※でも、「もしかしたら左じゃないか」と聞かれれば、「その通りでございます。右なんて言うやつはとんでもない。左しかありません」と答える。)
(※その変わり身の速さだけで創価学会の中で生き残ってきたと言う幹部もいる。)
(※2015年に次期会長候補だった●●前理事長が59才という若さで解任された後、72才で理事長に就任したのが●●●氏だ。)
(※一方で2000年以降、池田先生は目が悪くなって、報告書をご自身で読むのが難しくなり、耳で聞くようになってきたので、幹部たちは、これを利用して、報告の内容を誇張したり、歪曲したりといろいろな方法で執行部の都合の良いように先生の決済を取り付けだした。)
(※幹部の中でも、前記のように●●●●●氏は、前言を直ぐにひっくり返したりしていたので池田先生から信用を失い、直接報告が出来ない幹部のひとりになった)
(※その点●●会長は巧妙に立ち回り、創価学会の教義変更や会則の変更、特に会長の任期年数の変更をすることにより自らの会長職を延長したり、日蓮世界宗の立ち上げが出来ない今となって、何故必要なのかよく分からない会憲の制定など池田先生を利用し続けている)
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しかしながら、ブログ「白バラ通信パンドラの箱」では、創価学会名誉会長池田大作氏以外の人物は、全員匿名とさせて頂きます。
記
「妙法の万葉集」(友岡雅弥氏の証言編)第6回(※印は弊社解説)
僕(※友岡雅弥)がこういう状態(※うつ病、呂律が回らないなどの症状)になったのは、一昨年(※2016年)の10月ぐらいからかな、ライフワークとしていたボランティア活動を聖教新聞の記者として相応しくない!などと職場で言われ続け、本部からも何度も査問され続けられたから。
本当は医者からは即「もう仕事に行くな」と言われた。
でも、僕の手元にダンボールひと箱分の、その頃の資料があったんです。
先生の直筆の直しとかが入ったやつで、それを全部電子化したんです。3か月かかって。
(※この資料は某場所で保管されている)(鬼笑)
その間にも何度も信濃町の本部に呼び出されたが、最後にその3か月前の診断書を出して、翌日(2017年1月)から辞めたんです。
向こうは(※創価学会執行部)僕を懲戒免職にしようと考えていた。
だがその診断書で、振り上げたこぶしの下げどころを失った。結局、役職解任だけになった。
●●(※関西長)は、僕のことを皆に「あいつは裏切った、極悪人だと言え!」と触れ回った。
僕はといえば、自分の組織で、一昨年(※2016年)の1月13日から10月10日まで、すべての出張を日帰りにして、地区内の一部員として家庭訪問をした。一日も欠かさずね。
自分から地区内の寝たきりの半身不随のおじいちゃんの尿処理やおむつ替えをした。
これをした事でまた怒られた。「あいつは活動家をつくれない奴だ」と。
でも僕にとって創価学会は、活動家をつくるものじゃなくて、こうした部員さんたちの中で、困った人を助けに行くことが家庭訪問と考えている。
ところが上は「お前は家庭訪問を何だと思っているんだ!活動家をつくってないじゃないか!」と。でも私は何とも思わなかった。
幸せな人を作るのが家庭訪問だと確信していたから、いくら言われても平気だった。ま、そういう事で批判する人が多いんですよ。
このように批判するトップが●●●●●(※創価学会理事長)なんです。
ある意味で彼が一番の悪です。
先生の所に入れるべき大事なちゃんとした情報を全部シャットアウトしているから。
(※●●●●●氏は、究極のイエスマンだと専らの評判。)
(※池田先生に「右か」と聞かれれば、「その通りでございます。先生のおっしゃられる通り、右しかありません」と答える。)
(※でも、「もしかしたら左じゃないか」と聞かれれば、「その通りでございます。右なんて言うやつはとんでもない。左しかありません」と答える。)
(※その変わり身の速さだけで創価学会の中で生き残ってきたと言う幹部もいる。)
(※2015年に次期会長候補だった●●前理事長が59才という若さで解任された後、72才で理事長に就任したのが●●●氏だ。)
(※一方で2000年以降、池田先生は目が悪くなって、報告書をご自身で読むのが難しくなり、耳で聞くようになってきたので、幹部たちは、これを利用して、報告の内容を誇張したり、歪曲したりといろいろな方法で執行部の都合の良いように先生の決済を取り付けだした。)
(※幹部の中でも、前記のように●●●●●氏は、前言を直ぐにひっくり返したりしていたので池田先生から信用を失い、直接報告が出来ない幹部のひとりになった)
(※その点●●会長は巧妙に立ち回り、創価学会の教義変更や会則の変更、特に会長の任期年数の変更をすることにより自らの会長職を延長したり、日蓮世界宗の立ち上げが出来ない今となって、何故必要なのかよく分からない会憲の制定など池田先生を利用し続けている)
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昨日に続いて、京都乃鬼新聞に「「妙法の万葉集」(友岡雅弥氏の証言編)として掲載された記事をご紹介致します。
この記事の中の「※印」は、京都乃鬼新聞社が補足説明として記入されたものです。
この記事には、関係者が実名で記載されています。
しかしながら、ブログ「白バラ通信パンドラの箱」では、創価学会名誉会長池田大作氏以外の人物は、全員匿名とさせて頂きます。
記
「妙法の万葉集」(友岡雅弥氏の証言編)第6回(※印は弊社解説)
僕(※友岡雅弥)がこういう状態(※うつ病、呂律が回らないなどの症状)になったのは、一昨年(※2016年)の10月ぐらいからかな、ライフワークとしていたボランティア活動を聖教新聞の記者として相応しくない!などと職場で言われ続け、本部からも何度も査問され続けられたから。
本当は医者からは即「もう仕事に行くな」と言われた。
でも、僕の手元にダンボールひと箱分の、その頃の資料があったんです。
先生の直筆の直しとかが入ったやつで、それを全部電子化したんです。3か月かかって。
(※この資料は某場所で保管されている)(鬼笑)
その間にも何度も信濃町の本部に呼び出されたが、最後にその3か月前の診断書を出して、翌日(2017年1月)から辞めたんです。
向こうは(※創価学会執行部)僕を懲戒免職にしようと考えていた。
だがその診断書で、振り上げたこぶしの下げどころを失った。結局、役職解任だけになった。
●●(※関西長)は、僕のことを皆に「あいつは裏切った、極悪人だと言え!」と触れ回った。
僕はといえば、自分の組織で、一昨年(※2016年)の1月13日から10月10日まで、すべての出張を日帰りにして、地区内の一部員として家庭訪問をした。一日も欠かさずね。
自分から地区内の寝たきりの半身不随のおじいちゃんの尿処理やおむつ替えをした。
これをした事でまた怒られた。「あいつは活動家をつくれない奴だ」と。
でも僕にとって創価学会は、活動家をつくるものじゃなくて、こうした部員さんたちの中で、困った人を助けに行くことが家庭訪問と考えている。
ところが上は「お前は家庭訪問を何だと思っているんだ!活動家をつくってないじゃないか!」と。でも私は何とも思わなかった。
幸せな人を作るのが家庭訪問だと確信していたから、いくら言われても平気だった。ま、そういう事で批判する人が多いんですよ。
このように批判するトップが●●●●●(※創価学会理事長)なんです。
ある意味で彼が一番の悪です。
先生の所に入れるべき大事なちゃんとした情報を全部シャットアウトしているから。
(※●●●●●氏は、究極のイエスマンだと専らの評判。)
(※池田先生に「右か」と聞かれれば、「その通りでございます。先生のおっしゃられる通り、右しかありません」と答える。)
(※でも、「もしかしたら左じゃないか」と聞かれれば、「その通りでございます。右なんて言うやつはとんでもない。左しかありません」と答える。)
(※その変わり身の速さだけで創価学会の中で生き残ってきたと言う幹部もいる。)
(※2015年に次期会長候補だった●●前理事長が59才という若さで解任された後、72才で理事長に就任したのが●●●氏だ。)
(※一方で2000年以降、池田先生は目が悪くなって、報告書をご自身で読むのが難しくなり、耳で聞くようになってきたので、幹部たちは、これを利用して、報告の内容を誇張したり、歪曲したりといろいろな方法で執行部の都合の良いように先生の決済を取り付けだした。)
(※幹部の中でも、前記のように●●●●●氏は、前言を直ぐにひっくり返したりしていたので池田先生から信用を失い、直接報告が出来ない幹部のひとりになった)
(※その点●●会長は巧妙に立ち回り、創価学会の教義変更や会則の変更、特に会長の任期年数の変更をすることにより自らの会長職を延長したり、日蓮世界宗の立ち上げが出来ない今となって、何故必要なのかよく分からない会憲の制定など池田先生を利用し続けている)
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これまで義捐金を振り込まれた皆様方には、心より厚く御礼申し上げます。皆様方からの義捐金の振り込み通知が届く度に、私は涙が込み上げて参ります。ありがたい限りです。
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大学と各種の専門学校で、法律学、哲学、社会学、家族社会学、家族福祉論、初等社会、公民授業研究、論理的思考などの科目を担当しています。
KJ法、マインド・マップ、ロールプレイングなどの技法を取り入れ、映画なども教材として活用しながら、学生と教員が相互に学び合うという参画型の授業を実践しています。現在の研究テーマの中心は、法教育です。
私は命ある限り、人間を不幸にする悪と闘い抜く覚悟です。111歳までは、仕事をしようと決意しています。